<罪人の肖像>第6部・依存 (3)男  2022.3.24

2022-03-24 | 社会

<罪人の肖像>第6部・依存 (3)男
 裏切られても 残る情
 2022年3月24日 中日新聞
 刑務所にいる夫からの手紙。「俺が希望の光になれる」「幸せにしたいから俺は頑張れる」−。便せんは、夫婦関係の継続を望む言葉で埋め尽くされている。
 「刑務所に入るたびに字がうまくなる。だって、もう十回目だもん」。その夫に無理やり覚醒剤を打たれ、肉体的にも、精神的にもボロボロになっていった女性(30)。手紙の返事は出していない。
 夫と最後に会ったのは昨年八月。「私、自殺していたかもしれないんだよ。もう、別れて」。当時、拘置所にいた夫に面会室で離婚を切り出した。四カ月前に覚醒剤を使って夫婦で捕まり、女性は釈放された。その翌月、孤立した女性は「死にたい」と思って覚醒剤を口に含んだ。死にきれずに自首し、その後、執行猶予付きの判決が下った。夫との面会は、支援者に紹介してもらった愛知県内のシェルターで暮らし始めた時期だった。
 「俺も頑張るから」。離婚を強く拒み、刑務所に移った後も、まめに手紙を書いてくる夫。出会ったのは女性が二十代のころだった。勤めていたキャバクラの常連客で、年齢は相手が二十歳ほど上。「話を聞いてくれて、優しい」。包容力に引かれた。
 当時は前の夫と離婚したばかりで、落ち込んでいた。前夫にもキャバクラで口説かれ、十代で子どもを授かった。母子家庭に育ち、母親の虐待を受けてきたという女性。「幸せになれる新しい家庭がほしい」。結婚願望は強かった。「母親と同じようなことをしてしまわないか」。子育てへの恐怖心もあった。相手は「産んでほしい」と言ってくれた。
 ところが、幸せは続かなかった。前夫はギャンブルにのめり込み、金遣いが荒かった。赤ん坊を託児所に預けてキャバクラで働き、家計を支えた。渡される小遣いは月三万円。食費やオムツ、ミルク代ですぐに消えた。でも、文句は言わなかった。「せっかく持った家庭。壊れることが怖かった」
 結婚から3年ほどたった後、我慢の糸が切れた。夫の浮気。相手は自分も知っているホステスだと、人づてに聞いた。口論になり、激高した夫は、布団で寝ている幼子の顔を引っぱたいた。虐待の記憶がよみがえり、子どもを抱えて真冬の街に飛び出した。「何で、こうなるの」。おなかの中には、二人目の子どもがいた。
 そんな過去を受け止めてくれたのが、今の夫だった。「俺なら、おまえを守れる」。今度こそ、幸せをつかむはずだった。
 だが、同居を始めてしばらくして、夫の素性を知った。誰かと電話でヒソヒソ話をしているとき、「薬」という言葉が聞こえた。普通の仕事をしていると思っていたが、本当は覚醒剤の売人だと告げられた。
 「別にいいんじゃない」。とがめることは、しなかった。夫は以前、「家庭と疎遠」と漏らしたことがある。自分と境遇が似ていた。「好きだから、認めてあげたい」。そう思って連れ添ってきた。
 自分を守るどころか、快楽に溺れ、覚醒剤を打つように強要した夫。拘置所の面会室で離婚の意思を伝えた昨年の夏から半年以上がたった。「絶対、別れる」。でも、夫は唯一つながってきた人。別れれば頼るすべを失う。「情もある」。離婚はまだ成立していない。
 「俺が希望の光になれる」-。自分を苦しめてきた夫の手紙の一文。女性は今、この言葉にさえすがりたくなる、厳しい現実にもがいている。

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載及び書き写し(=来栖)


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