藤井聡太新名人 快挙を目撃する喜び
2023年6月2日 中日新聞 オピニオン 社説
将棋の第八十一期名人戦七番勝負で、挑戦者の藤井聡太六冠(20)=写真=が渡辺明名人(39)を四勝一敗で破り、史上最年少で名人位を獲得した。あわせて、最年少で七冠を手にするという奇跡のような快挙を目撃する喜びを、将棋のファンでなくともかみしめたい。
藤井新名人は、谷川浩司十七世名人が持つ最年少記録(二十一歳二カ月)を更新。羽生善治九段が二十五歳四カ月で達成した七冠制覇の記録も塗り替えた。
二〇一六年、史上最年少の十四歳二カ月でプロ棋士になってから七年足らず。だがこの間、将棋のルールを知らない人すらも「藤井ファン」になる活躍ぶりだ。
名人は、江戸時代にさかのぼる伝統あるタイトル。藤井新名人はすでに幼稚園の頃「おおきくなったらしょうぎのめいじんになりたい」と志した。プロ入りを決めた直後、幼い日々に通った愛知県瀬戸市の「ふみもと子供将棋教室」を訪れた折も「もっと強くなって名人になりたい」と語っている。
今まさにその名人位を手にした二十歳を見るとき、「初心」と、それを貫くためのたゆまぬ研鑽(けんさん)の大切さを改めて思い知らされる。
その人の戦いを象徴する一つの言葉がある。「藤井曲線」だ。
最近は対局の観戦に欠かせないよすがとなった人工知能(AI)による優劣の判定。そのグラフがいったん藤井新名人の有利に振れると、以後は逆転されることなく上昇して、勝勢に至るさまを表現する。それは、常に最善手を選び続ける驚くほどの強さの証しだ。
タイトル戦の番勝負では、まだ一度も敗退がない。挑戦者として臨めば奪取し、タイトルの保持者として臨めば防衛を果たす。この天才棋士が描く「成長曲線」は、いったいどこまで伸びてゆくか、さらに期待して見守りたい。
一方で、藤井新名人の栄誉は、他の棋士たちの不名誉でもある。
現行のタイトル八冠の全制覇を期待する声も高まる中で、それを阻むことは、棋士全員に課された務めであろう。聡太少年を大きく育てた将棋教室の教え「強い者にひるむな」を胸に、若き七冠からタイトルを奪いにいってほしい。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
ーーーーーーーーーー
夕歩道
中日新聞 夕刊 2023年6月2日
当時の佐藤天彦名人が二番勝負の「電王戦」でAIに屈したのは二〇一七年。「人間が将棋を指す意味は何なのかということを、棋士は今、問われている」という羽生善治九段のコメントが残る。
そこまでAIに追い詰められていた当時の将棋界に彗星(すいせい)のごとくデビューした中学生棋士の、その後の快進撃はご存じの通り。七冠を達成した二十歳の新名人は、どこまで進化を続けるのだろう。
凡人には想像も付かぬ話だが、何しろAIより早く最善手を見つけ出してしまうとも。昨今、生成AIの威力の前に右往左往しているような人間社会にあって「AI超え」の底力は誠に頼もしい。
中日新聞 夕刊 2023年6月2日
当時の佐藤天彦名人が二番勝負の「電王戦」でAIに屈したのは二〇一七年。「人間が将棋を指す意味は何なのかということを、棋士は今、問われている」という羽生善治九段のコメントが残る。
そこまでAIに追い詰められていた当時の将棋界に彗星(すいせい)のごとくデビューした中学生棋士の、その後の快進撃はご存じの通り。七冠を達成した二十歳の新名人は、どこまで進化を続けるのだろう。
凡人には想像も付かぬ話だが、何しろAIより早く最善手を見つけ出してしまうとも。昨今、生成AIの威力の前に右往左往しているような人間社会にあって「AI超え」の底力は誠に頼もしい。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です