週のはじめに考える 「隣人」に思いはせねば
中日新聞 社説 2023年11月19日 日曜日
常態化する食糧難、生還が困難とされる政治犯収容所、世界に類を見ない監視社会…。指摘されて久しい北朝鮮の劣悪な人権状況が最近、あらためて国際社会から厳しい批判を浴びています。
国連安全保障理事会は今夏、北朝鮮の人権問題に関する公開会合を6年ぶりに開催し、北朝鮮が国民の福祉を犠牲にして、核・ミサイル開発を進めているとの批判が相次ぎました。
韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)政権は、非核化と人権改善を対北朝鮮政策の2本柱と位置づけています。
北朝鮮メディアは、最高指導者の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記を「人民を第一に愛する慈愛に満ちたお父様」(朝鮮中央通信)とたたえていますが、実際には人民が慈愛を享受しているという状況にはほど遠いようです。
弾圧と恐怖による統治
北朝鮮の内部事情に詳しい関係者によると、北朝鮮で昨年8月に新型コロナウイルス感染症の収束が宣言されて以降、公開処刑が増加。コロナ禍以前には毎年数十件程度だった公開銃殺がコロナ収束後は100件を超えたそうです。
命がけで国境を越え、中国に脱出した北朝鮮住民(脱北者)の今後も心配です。
中国東北部には拘束した脱北者を収容する施設が複数あるとされますが、韓国の人権団体は10月、施設に収容されていた約600人が北朝鮮に送還されたと発表しました。北朝鮮が8月、海外からの自国民の帰国を認めたことに伴う動きで、送還される脱北者が増えるとの観測もあります。
脱北者は送還された後、拷問や厳罰を受ける恐れがあります。中国には人道上の観点から強制送還しないよう強く求めます。
「カエルとサソリ」という寓話(ぐうわ)があります。
川を渡ろうとするサソリが「背中に乗せてくれ」とカエルに頼みます。カエルはサソリの毒針を恐れて断りますが、サソリは「そんなことをすれば、自分もおぼれて死んでしまう」と説得し、乗せてもらいます。サソリは川の途中で毒針を刺し、カエルとともに沈んでいきます。カエルが「おまえも死ぬのになぜ?」と尋ねると、サソリは「仕方がない。これが私の性(さが)だ」と答えます。
「北朝鮮という国家は寓話の中のサソリと同じ」。先の北朝鮮関係者は、このように話します。
人権弾圧と恐怖心を植え付けることで人々を権力に従わせる統治方式は、正恩氏の祖父・金日成(キムイルソン)主席の時代から変わりません。恐怖による統治こそが、北朝鮮最高指導者の「性」だというのです。
性であるがゆえに北朝鮮の人権状況が今後も改善する見込みがないとすれば、暗たんたる気持ちにならざるを得ません。
果たして、北朝鮮の人権状況改善のためにできることが、北朝鮮国外にあるのでしょうか。
「決して容易なことではありません。人権蹂躙(じゅうりん)の実態を粘り強く調査・記録し、北朝鮮に警告を発し続けること、国連など国際舞台を積極的に活用し、北朝鮮政権を圧迫することが重要です」
韓国の情報機関・国家情報院傘下のシンクタンク・国家安保戦略研究院で北朝鮮人権研究センター長を務める金光進(キムグァンジン)氏=写真=は、こう主張します。
「喫緊の課題は、北朝鮮住民がいま最も苦しんでいる食糧難の解決です。住民が食べて生きる権利を保障するよう(北朝鮮に)圧力をかけなければなりません」
「北朝鮮を変化させていく主体は住民でなければなりません。彼らが自国の実情を知ることが重要であり、そのためには外部の情報に広く接することができる手段を講じていくことが大切です」
金氏は元北朝鮮の経済官僚。自身も東南アジアに駐在中の2003年に亡命に踏み切った経験があり、言葉に力がこもります。
許されぬ人権、命の軽視
北朝鮮は7月に韓国の人権状況を非難する「人権凍土帯」という冊子を発刊しました。
そこには「人権は人間の自主的権利であり、いかなる場合にも侵害されてはならず、それを保障することは世界の全ての国と民族の義務だ」と記しています。
全くその通りです。正恩氏が本当にそのように思うのなら、自国の人権状況を直視すべきです。
人々の尊厳と命が軽んじられることは、いかなる地域でもあってはなりません。北朝鮮は歴史的にも地理的にも日本と関係が深い国です。過酷な運命に身を委ねざるを得ない「隣人」に思いをはせねば、と強く感じています。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です (着色は、来栖)
〈来栖の独白〉
>送還される脱北者が増えるとの観測もあります。
恐ろしい。