呼吸器事件、再審決定 大阪高裁「患者、自然死の疑い」2017/12/20 <神の座の 右に坐したまふといふことの しみじみと沁む 裁きを終へて>

2017-12-21 | 身体・生命犯 社会

中日春秋(朝刊コラム)
2017年12月21日
 <神の座の右に坐(ざ)したまふといふことのしみじみと沁(し)む裁きを終へて>は、十八年間にわたり最高裁判事を務めた入江俊郎氏の歌
▼神ならぬ身で、人を裁く。その重みを、入江氏は繰り返しうたった。戦後最大の冤罪(えんざい)事件といわれた「松川事件」の審理にあたった時には、こんな歌を残している。<うづ高きこの記録はや罪なしと決めてまた繰る手ずれし記録を>
▼有罪か無罪かを決めてなお、本当にそれでいいのかと証拠に向き合う。そういう謙虚さが司法にしかと根付いていれば、この「事件」はまったく違った展開になっていたのではないか。そう思わせるのが、きのう大阪高裁が再審開始を決定した一件だ
▼滋賀の病院で重篤な患者が死亡した。警察は事件とみて調べ始めたが、確証は出ない。謙虚に「自然死かも」と調べることもないまま捜査を突き進め、看護助手の西山美香さんが殺人で有罪とされた
▼彼女の自白はころころ変わり、本人が知るはずもなかったことまで、突然供述し始めた不自然さ。その不自然さを看過した裁判所。大阪高裁が捜査当局による「供述の誘導」の可能性を指摘し、裁判やり直しを命じたのも当然だろう
▼<人が人を裁く懼(おそ)れは知らざるにあらず殺人の記録また繰る>も、入江氏の歌。そういう懼れを司法が軽んずれば、誰もが冤罪の犠牲者となりうる恐れが、不気味にふくらむだけだ。
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2017年12月21日
両親宛て手紙 真実は一つ 戦い続けたら勝てる
 西山さんは逮捕から刑務所を出所するまでの十三年余りの間、両親に宛てて三百五十通を超す手紙を書き、事件や再審への思い、受刑生活の苦悩などをつづっていた。取り調べでの自白が二転三転したが、両親には無実を訴え続けた。
 「自分はTさんをぜったい殺(こ)ろしていないことをしゅちょうしていくつもりです」。一審公判中(二〇〇五年八月)にこう書いた西山さん。刑期満了まで一年近くになっても、「私はTさんを殺ろしていません。これだけは胸をはって言えることです」(一六年五月)と変わらなかった。
 冤罪(えんざい)を訴えながらも、服役を強いられる状況には悔しさをにじませた。「なにもしていないのに…と毎日自分自身とかっとうしています」(〇七年十月)と胸の内を吐露。「おんなの子としての一番輝かしい20代30代をここでくらさなあかんのやもん」(一二年十二月)とまで書いた。
 再審について書くときは不安や期待が入り交じった。プレッシャーから「再審をやめたい」と弱音を吐くこともあったが、「無実なので絶対に(有罪判決を)受け入れることができません/無実の受刑者として精一杯(せいいっぱい)に努力しています。再審はむずかしいし長い月日がいります。でも真実は1つ戦いつづけたら勝てます」(一六年十月)と自分に言い聞かせた。
 自身による事件の被害者とされた男性患者についても忘れなかった。責任感から「巡回をしていたらなくなっていなかったかもしれない」(〇八年四月)と書き、両親に「行けたらでいいのでおはかまいりしてあげて下さい」(一三年)と求めたこともあった。
 現在の弁護団との出会いを振り返り「幸運に恵まれた」(一六年十一月)と喜んだ西山さん。その弁護団と力を合わせ再審開始決定を勝ち取った。(角雄記)
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2017年12月21日 中日新聞 朝刊一面
呼吸器事件、再審決定 大阪高裁「患者、自然死の疑い」
 滋賀県東近江市の湖東記念病院で二〇〇三年、患者の人工呼吸器のチューブを抜いて殺害したとして、殺人罪で懲役十二年の有罪判決を受け服役した元看護助手西山美香さん(37)=同県彦根市=が申し立てた再審請求で、大阪高裁は二十日、再審開始を認める決定を出した。殺人の被害者とされた患者が「自然死した疑いが生じた」と指摘し、殺害を認めた自白は「警官や検事による誘導があった可能性がある」と批判した。
 高裁の審理では、確定判決が「急性低酸素状態」と認定した患者の死因の妥当性や、チューブを抜いて窒息死させたとする西山さんの自白の信用性が争点になった。
 後藤真理子裁判長は決定理由で、患者は窒息ではなく「致死性不整脈で死亡した可能性が高い」とする弁護団の主張を認め、死因を窒息と結論付けた司法解剖の鑑定書は「証明力が揺らいだ」と判断。「患者の死因が致死性不整脈である可能性は低くはなく、窒息と合理的疑いなく認定できない」と述べた。
 自白の信用性について「人工呼吸器の管を外したのか外れたのかなど、多数の点で(供述は)めまぐるしく変遷している」と疑問を呈した。チューブを外し、異常を知らせるアラームを消したとした西山さんの自白には、捜査当局による誘導の可能性を指摘。「犯人と認めるには合理的な疑いが残る」と結論付けた。
 西山さんは、呼吸器が外れた際のアラーム音を聞き逃したとする業務上過失致死容疑で県警から任意聴取を受けていた際に殺害を自白し、〇四年七月に逮捕された。公判で否認に転じて無罪を主張し、自白の理由を「取り調べがきつくなった同僚看護師をかばおうと思った。刑事に好意を持った」などと訴えたが、〇五年十一月の大津地裁判決は「自白は自発的に行われ、迫真性もある」などと懲役十二年を言い渡し、最高裁で確定した。
 西山さんの捜査段階の自白は二転三転し、供述調書は三十八通、自ら罪を認める上申書、自供書、手記は五十六通も作成された。弁護団は死因の主張に加えて心理学者の意見書も証拠提出し、西山さんは「対人関係で迎合しがちな性格」と主張してきた。西山さんは和歌山刑務所で服役し今年八月二十四日に満期出所した。

  

*速やかに再審移行を
 <弁護団の話> 大阪高裁が鑑定書中のカリウム値に着目し、確定判決が認定した死因に疑問を示し、今回の決定に至ったことを高く評価する。検察官には本決定を真摯(しんし)に受け止め、特別抗告することなく、速やかに再審の公判手続きに移行させるよう求める。
*決定内容を十分検討
 <大阪高検の田辺泰弘次席検事のコメント> 即時抗告が認められたことは遺憾である。決定の内容を十分に検討し、適切に対応したい。
*供述調書の矛盾を無視
 <解説> 最高裁で十年前に有罪が確定したこの裁判を疑問に思うきっかけは、西山美香さんが両親へ書いた手紙だった。「殺(こ)ろしていません」(原文のまま)。つたない文字で三百五十通余に及ぶ獄中からの訴えは、心の底からの叫びだった。分析した専門家は、特徴のある誤字から生来の「弱さ」を見抜いた。取材班は四月、弁護団、専門家の協力で西山さんの知的・発達鑑定を獄中で行い、彼女が「防御する力が弱い」供述弱者とわかった。
 十三年前、密室で何が起きたのか。大声で「なめるな」と脅され、机をたたかれ、死んだ患者の写真に後ろから顔を押しつけられたという。「呼吸器のアラーム(警報音)は鳴ったはずや」。怒鳴る刑事に耐えきれず「鳴りました」と言わされたことが、患者の死亡を“事件化”する端緒。撤回しようと真夜中に警察署へ手紙を届けても、はねつけられた。パニックになると自暴自棄に陥りやすい障害の特性が「自分が呼吸器のチューブを外した」と言わせてしまったのではないか。
 刑事の脅迫、誘導、自白時のうつ状態の診断書、供述調書の矛盾は法廷で無視されてきた。指紋などの物証、目撃証言は何一つない。誤った事実を前提にした司法解剖鑑定書も見過ごされた。自白のみで構成した不自然な捜査側の主張がまかり通ったことが、不思議でならない。
 物証のない計画殺人のシナリオになぜ検察は同調したのか。その主張を一審から最高裁までの裁判官たちはなぜ、受け入れたのか。構造的な問題があるのなら、徹底的な解明が必要だ。西山さんだけの問題ではない。(編集委員・秦融)
<湖東記念病院人工呼吸器事件>
 2003年5月22日午前4時半ごろ、滋賀県東近江市(旧湖東町)の湖東記念病院の3階病室で、慢性呼吸器不全で入院していた男性患者=当時(72)=が死亡しているのが見つかり、当直勤務の看護助手だった西山美香さんが殺人容疑で逮捕された。西山さんは捜査段階で「人工呼吸器のチューブを外して患者を殺害した」「助手の待遇に不満があった」などと自白したが、公判では否認に転じた。
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社説 中日新聞 2017年12月21日
西山さん再審へ 「自白」経緯を検証せよ
 そもそも事件性のない自然死ではなかったのか。大阪高裁が投げかけた確定判決への疑問は、あまりにも重い。ならば、なぜ自白したのか。一日も早く裁判をやり直し、“自白”の経緯を検証せよ。
 滋賀県東近江市の病院で二〇〇三年五月、植物状態だった七十二歳の男性患者が死亡。看護助手だった西山美香さん(37)が翌年七月になって「人工呼吸器のチューブを外して殺害した」と自白し、殺人罪で懲役十二年が確定した、という事件である。西山さんは公判では否認に転じ、有罪確定後も冤罪(えんざい)を訴えていた。
 目撃者はなく、確定判決では、急性の低酸素状態を死因と判定した司法解剖鑑定書が自白を裏付ける証拠とされた。
 大阪高裁は今回、医師の意見書を新証拠として死因を再検討。呼吸器が外れたことによる低酸素状態と断定することに合理的な疑いが生じ、致死性不整脈、つまり自然死であった可能性が出てきたとして再審開始を決定した。
 自然死であるなら、なぜ、殺害を自白したのか。
 滋賀県警は当初、当直の看護師が人工呼吸器の異常を知らせるアラームを聞き落とし、結果として患者を窒息死させた、との見立てで捜査を進めていた。
 ところが、アラームを聞いたと証言する関係者は現れなかった。
 弁護側によると、執ような追及が続く中、西山さんは「アラームを聞いた」と供述してしまう。その結果、同僚看護師が窮地に陥ったことを知り、自分がチューブを外したという“自白”に至る。犯行の動機は、看護助手の待遇に不満があったため、とされた。
 西山さんは後に、精神科医による発達・知能検査で軽度知的障害と発達障害の傾向が判明する。つまり、防御する力が弱い「供述弱者」だったのである。大阪高裁も今回の決定で「警察官、検察官の誘導があり、それに迎合して供述した」可能性を指摘している。
 虚偽供述を誘導し、自然死を殺人事件に仕立ててしまったのか。
 供述弱者が虚偽自白に追い込まれやすいことは、死刑判決の誤りが判明し、一九八九年に再審無罪となった島田事件などで何度も指摘されてきたはずだ。自白偏重の捜査、裁判で冤罪を繰り返すことがあってはならぬ。
 無理な捜査で虚偽自白に追い込み、検察も裁判所も見抜けなかった疑いが強まった。速やかに再審を始め、不可解な“自白”の経緯を検証する必要がある。
 
 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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滋賀 湖東記念病院「呼吸器事件」西山美香さん 再審決定 2017/12/20 大阪高裁 後藤真理子裁判長
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