「北朝鮮の核実験にピント外れの号外 目を向けるべきなのは600基の戦域弾道ミサイル」北村 淳

2013-02-22 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

北朝鮮の核実験にピント外れの号外 目を向けるべきなのは600基の戦域弾道ミサイル
JBpress2013.02.22(金)北村 淳
 日本のマスコミの多くは、中国や北朝鮮による軍事関連事件が生ずると、まずはアメリカの動向、すなわちアメリカ大統領はじめ政府高官の公式声明から、知日派と称される“お決まりの”アメリカ人の論評などまでを、あたかもアメリカ全体の意見であるかのごとく紹介するのが常態化している。その姿はまるで日本の軍事的対米従属を強化する尖兵となっているようである。
 ■またもや米国の反応を“我田引水”
  今回の北朝鮮核実験に関しても、ちょうど翌日にオバマ大統領の2013年度一般教書演説が行われたため、アメリカ政府がどのような反応をしたかを“お決まりの通り”に報道した。そして、その報道内容は誇張あるいは牽強付会とまでは言えないまでも「アメリカは北朝鮮に対して強硬な態度を示すことによって、日本を核兵器の脅威から護ってほしい」といった願望を裏付けするような論調で、さもオバマ大統領が一般教書演説において、北朝鮮の核実験を極めて深刻な脅威と受け止めて強烈な警告を発したかのような報道が目についた。
  確かに一般教書演説では、北朝鮮の核実験実施を名指しで非難し「国際社会による制裁を覚悟せよ」といった警告を発している。しかし、核実験の前日には核実験実施の通告を受けたアメリカ政府にとっては、寝耳に水の実施というわけではなく、一般教書演説における核不拡散の文脈にバランスよく引用された具体的事件といった取り扱いであった。
  ちなみに、「オバマ大統領が一般教書演説で具体的に北朝鮮の核実験を取り上げ強く非難した」といった報道からは、あたかも一般教書演説で相当この問題が重要視された問題であったかのようなニュアンスで受け止められかねない。
  しかし実際には、オバマ大統領の演説のうちで外交軍事問題が占めた割合は2割程度であり、健康保険制度、移民法改正、産業・経済再生それに銃規制といった国内問題が中心であった。そのようにかなり分量が少ないと言える外交安全保障分野の、そのまた一部(2割以下)が、核不拡散に関する言明に割り当てられていた。
  それは以下の通りである。
  「米国は世界で最も危険な兵器の拡散を防止する努力を主導していく。北朝鮮政権は、彼らが国際的責務を果たすことによってのみ安全保障と繁栄を勝ち取ることができる、ということを心得ねばならない。われわれが昨夜目にしたような挑発行為は、われわれ(米国)が同盟諸国の力になり、われわれ自身のミサイル防衛を強化し、このような脅威に対抗する強固な行動を国際社会に取らせるように仕向けることにより、彼ら(北朝鮮政権)をさらに孤立させるだけである。
  同様に、イラン指導者たちは、わが多国籍軍側が彼らが義務を履行するよう要求するために団結しており、われわれが彼らが核兵器を手にすることを妨げるために必要な手段を実施するゆえ、今こそ外交的解決の時期であるということを肝に銘じなければならない。
 それと同時に、われわれ(米国)はロシアにわれわれ(米国・ロシア)の核兵器保有量のさらなる縮減を進展させるための約束をさせるとともに、誤った者たちの手に入りかねない核物質の安全を確保する世界的努力を主導し続けるであろう。他者に影響を及ぼすわれわれの能力は、われわれが主導しようとする意欲に依存するのである」
 ■直面している危険には騒がないマスコミ
  アメリカの軍事力にすがりつこうという日本政府や、そのような態度に疑問を発していない多くのマスコミが、上記のようなアメリカ政府の声明に対する我田引水的な報道をなすのはこれまでもままある話であり、驚くには値しない。
  もちろん、そのような政府の方針とマスコミの姿勢は、今後ますます軍事力削減に向かっているアメリカの現実を考えるならば、日本の国防にとっては極めて深刻であり、決して容認してはならない。
  このような体たらくの日本の新聞各社であるが、北朝鮮による核実験実施に関して号外を発行したのにはさらなる驚きを禁じ得ない。CNNをはじめとする米国の報道でも、街角で新聞の号外を手にして不安げな表情をする日本の人々の姿が紹介されていた。ロイターの報道では、「日本の人々からは『怖い、本当に怖い』といった声も聞かれた」というコメントも伝えていた。
  新聞の号外を見た人々が、本当に「怖い」と思ったのか、また何に対して恐怖心を抱いたのか、は知る由もない。だが、日本社会では、正確な核兵器に関する知識が普及していないところに福島第一原発事故による深刻な放射能汚染も目にしているために、ますます核兵器や核実験という言葉に対する恐怖心が蔓延している。その中で「北朝鮮が核実験を実施」との号外を発行すれば、いやが上でも人々の恐怖心を煽り立てることは、いかなる新聞社といえども承知しているはずである。実際にニュースでは「戦争が起きそうで怖い」と言っている人まで映し出されていた。
  もちろん、すでに日本全土を射程圏に収めている弾道ミサイルを多数保有している北朝鮮が核実験を重ねていき、核爆弾の小型化や多弾頭核ミサイルの開発に成功した場合には、日本に対する強力な核攻撃能力を北朝鮮が手にすることを意味し、もはや日本はこれまで以上にアメリカにすがりつかなければ北朝鮮に対しても手も足も出ない立場に追い込まれてしまう。
  このような意味では、北朝鮮の核実験は確かに日本にとって深刻な問題ではある。だが号外をばらまいて、あたかも日本が今にも核攻撃を受けるようなニュアンスを人々に与えてしまうほど差し迫った脅威の段階にはほど遠い。
 もし、軍事に疎い多くの人々に北朝鮮の軍事的脅威を伝達するのならば、今回の核実験とは比較にならないほど深刻かつ現実的な軍事的脅威に日本が直面していることを、なぜ日本のマスコミは取り上げないのであろうか?
 ■日本を攻撃するための600基の戦域弾道ミサイルを保有
  北朝鮮が中国の反対を押し切ってまでも推し進めている核実験は、弾道ミサイルの弾頭に搭載可能な小型核爆弾の開発である。そして、小型化・多弾頭化に成功した場合に搭載するのは、やはり現在開発が急ピッチで進んでいるアメリカ攻撃用大陸間弾道ミサイルということになる。
  大陸間弾道ミサイルの実験の際には、日本領土上空を通過するために、何らかの不具合により落下物がないものか日本では大騒ぎをして、弾道ミサイル迎撃システムまで展開させている。しかし、北朝鮮が日本を攻撃する場合には大陸間弾道ミサイルではなく、すでに実戦配備されている多数の戦域弾道ミサイルが用いられる。
  北朝鮮の保有する弾道ミサイルのうち、最大射程距離800キロメートルと言われている「スカッド-ER」短距離弾道ミサイルを用いると、長崎の五島列島から敦賀湾岸地域までが射程圏に収まり、大阪や瀬戸内沿岸諸都市そして北九州から長崎にかけての諸都市が全て含まれる。
  また、「ノドン-A」中距離弾道ミサイルの最大射程は1300キロメートルと言われており、発射位置を移動させることにより、沖縄本島から北海道までの日本列島がすっぽりと射程圏に収まっている。
  そして、新型の「ノドン-B」あるいは「ムスダン」中距離弾道ミサイルの最大射程距離は3000キロメートルとも4000キロメートルとも言われており、いずれにしても日本領域全体を完全に射程圏に収めていることは間違いがない。
  最新鋭のノドン-B/ムスダンはいまだに数十基しか配備されていないと見なされているが、スカッド-ERは350基程度、ノドン-Aは200基以上が配備されていると米・英をはじめとする情報筋は分析している。つまり、朝鮮人民軍は日本を攻撃するためのおよそ600基の戦域弾道ミサイルを、現時点において、保有しているのである。
  それらの戦域弾道ミサイルには高性能爆薬弾頭が搭載されており、将来的には、つまり核実験が重ねられて小型核弾頭の開発に成功したならば、核弾頭も搭載可能となる。しかしながら、非核保有国である日本を、何らかの理由によって攻撃する場合には、非核の高性能爆薬弾頭が使用されることになる。
 基本的には、相互確証破壊(敵の核先制攻撃に対して、被攻撃側が核報復攻撃を実施し、双方ともに核攻撃により破壊される、という原則を前提として核兵器保有国は核兵器の使用を躊躇する、という伝統的核抑止理論)に基づく核抑止状態が存在している(もちろん、テロリストが何らかの核兵器を手にした場合にはその限りではないかもしれないが)。そのため、日本に対してあえて核攻撃を実施して、アメリカにより日本の代理核報復攻撃(これは、ほぼ間違いなく実施される)をこうむって北朝鮮支配体制が崩壊してしまっては元も子もない。そこで、対日攻撃には現在のままの非核弾道ミサイルが用いられるのである。
  つまり、現在推し進められている核実験が成功しようが失敗しようが、日本の国防にとっては現在北朝鮮が保有しているスカッド-ER、ノドン-A、ノドン-B/ムスダンといった戦域弾道ミサイルは十二分以上に深刻な軍事的脅威と言うことができる。
 ■自衛隊は最大36地点しか「PAC-3」を配備できない
  一方、いま現在もそれらの戦域弾道ミサイルの脅威に対峙している自衛隊は、それらのミサイル攻撃を撃破することができるのであろうか?
  確かに朝鮮人民軍の弾道ミサイルは、中国人民解放軍が保有する様々な対日攻撃用弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルと比較すると、性能的には時代遅れと言えるかもしれない。しかしながらなんといっても600基の弾道ミサイルを手にしているということは、自衛隊が有する弾道ミサイル防衛システムにとって、手強い脅威と言うことができる。
  朝鮮人民軍が弾道ミサイルを発射した場合、まずそれらのミサイルを迎撃する任務にあたるのは海上自衛隊のイージス駆逐艦に搭載されているイージスBMDである。
  もちろん、イージス駆逐艦が日本海で弾道ミサイル警戒任務についていなければ、イージスBMDによる迎撃が作動しないのは当然である。そして、北朝鮮から日本列島に向かって飛翔する弾道ミサイルを捕捉し撃破するためには少なくとも2隻の、理想的には3隻のイージスBMD搭載駆逐艦が日本海上をパトロールしていなければならない。さらに、現状では、たとえ北朝鮮の弾道ミサイルを捕捉するのに成功したとしても、100%近い高確率でミサイルを撃墜するだけの完成度までは達成していない。
  イージスBMDで撃ち漏らした弾道ミサイルは、地上に配備されている航空自衛隊が運用する「PAC-3」で迎撃することになる。PAC-3の撃墜成功率はかなり高いため、PAC-3を配備した地点には、弾道ミサイル攻撃はなされない公算が大きい。したがって、PAC-3には敵の弾道ミサイルを迎撃する以上に攻撃を回避させる抑止力が備わっている(もちろん、高い確率で撃墜されるのを承知で攻撃が敢行されることが皆無とは言えない)。しかしながら、航空自衛隊は36セットのPAC-3しか保有していないため、通常で18カ所、最大でも36地点しかPAC-3を配備することはできない。
 北朝鮮からスカッド-ER、ノドン-A、ノドン-B/ムスダンといった戦域弾道ミサイルが発射されてから、日本各地の攻撃目標(各種発電施設、変電所、石油・液化天然ガス貯蔵施設、石油精製施設、警察官公庁、放送局など)にミサイル弾頭が着弾するまでに5~7分程度しかかからない。いつどこから攻撃してくるか不明である実戦において、どれだけ弾道ミサイル防衛システムが機能するかは未知数ではあるが、現状ではそれほど高い信頼を置くわけにはいかないというのが軍事常識である。
  もっとも、このような受け身のミサイル防衛でははなはだ心もとないため、有事の際には北朝鮮のミサイル発射装置を先制的に破壊してしまえば対日弾道ミサイル攻撃は不可能になる、という敵基地攻撃論のようなものが一部では浮上しているようである。
  しかしながら、朝鮮人民軍の対日攻撃用弾道ミサイルはいずれも地上移動式発射装置(TELと呼ばれる大型トレーラーのような発射装置)から発射される。「テポドン」や「銀河3号」を打ち上げる際に目にする巨大なロケット発射台とは違って、TELを発見・捕捉して先制攻撃を加えて破壊するのは至難の業であり、ましてそのTELが数百輌も動き回っているとなると、先制攻撃によって朝鮮人民軍の対日弾道ミサイル攻撃能力を撃破することは不可能と考えざるを得ない。
  このように、自衛隊が擁する弾道ミサイル防衛システムは、現状では国民の生命財産の保護をそれだけに頼って安心できるレベルにはほど遠い状態である。そして、敵基地攻撃論は朝鮮人民軍の対日攻撃用弾道ミサイルには通用しない。
  (このような状況は、中国人民解放軍の各種対日攻撃用長射程ミサイルに対しても同様である。中国に関しては拙著『尖閣を守れない自衛隊』を参照していただきたい)
  それでは、どうすべきなのか? 北朝鮮の軍事的脅威を排除してもらうために現在以上にアメリカに擦り寄って頼り切らねばならないのか?
  長引く対テロ戦争で軍事的にも財政的にも疲弊しているアメリカにとって、日本が現在以上に自主防衛努力を欠いたまま頼り切ろうとすれば、それこそ「いい加減に目を覚まし、自分の国はまず自分で護る努力をしたらどうなのか」と現在も口に出して言いたい本音がついに噴出することになるであろう。
  日本は、何とかして自主防衛能力を高めることによって、その不足を補うために日米同盟を使うという真の意味での日米同盟の深化(国際的センスでの正常化)を計らなければならない。このあたりの事情、そしてその具体的方策は別の機会に述べさせていただく。 *リンクは来栖
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北朝鮮の核ミサイルが飛来する日 『週刊朝日』2013年03月01日号 2013-02-21 | 国際/中国/アジア 
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