米で「異例」太宰ブーム 10代中心「社会からの疎外感に共感」 2023.05.17

2023-05-18 | 文化 思索

 米で「異例」太宰ブーム 10代中心「社会からの疎外感に共感」 

 中日新聞 2023.05.17 Wed. 夕刊

1940年前後に活躍し、38歳で自殺した破滅型の作家、太宰治が米国で人気を呼んでいる。日本文学研究者、ドナルド・キーンが英訳した『人間失格(No longer Human)』がネット通販や大手書店チェーンの世界文学分野でベストセラーになり、同書以外の作品も好調だ。自死から75年。太宰にはふさわしくなさそうなアメリカン・ドリームが現実となっている。(編集委員・鈴木伸幸、敬称略)

 終戦直後に紹介

 『人間失格』が発売されたのは48年。その直前に太宰が愛人と入水自殺したことでも話題となり、夏目漱石の『こころ』と並んでこれまでに日本で最も売れた小説の一つだ。東北地方の名家出身の主人公が社会に違和感を持ち、酒に女、そしてクスリに逃げて破滅に向かう。太宰の自伝的小説とされる。京都大学大学院に留学したキーンが太宰の文学性にほれ込み、50年代に『人間失格』のほか、『ヴィヨンの妻』と『斜陽』を英訳。ニューヨークの老舗出版社「ニュー・ディレクションズ」が3冊を発売した。
 しかし、太平洋戦争の終戦からまだ10年ほど。米国で日本文学はの関心は低く、同社によれば読者は日本文学専攻の学生などに限られ、『人間失格』の年間販売は500部程度だった。

 ところが2017年初頭に突然ブームが訪れる。直前に増刷した2年分の千部が即座に売り切れた。同社が調べると、購買層は十代が中心。太宰が自殺願望の強い美青年として描かれた日本のアニメ『文豪ストレイドッグス』が米国で人気となり、その視聴者が「太宰の本を読もう」と買っていた。

 アニメは太宰ら主に日本の文豪がキャラクター化され、それぞれが変身などの超能力を持って戦うアクションもの。ネットの動画サイトには数多くのファンが「Is there really any value to this thing we call living?(生きるなんて行為に何か価値があると本気で思っているの?)」と決め台詞(せりふ)を吐く、アニメの太宰をアップしている。

 月1万部ペース

 ニュー・ディレクションズ社主のバーバラ・エプラーは「99%がネット販売。親のクレジットカードで支払っているケースが多い。米国でもスマホ中毒が社会問題となる中、『読みたい本がある。買って』と言う子どもに喜んで買い与えているようだ」と話す。17年の販売は前年比で20倍超の1万部を超え、翌年以降も売れ行きを伸ばし、21年には28万7千部を記録。翌22年も11万部を売り上げ、今年に入っても月1万部ペースでブームが続いている。

 太宰ブームには、トランプ政権の誕生で深刻化した米社会の分断やコロナ禍、増え続ける銃犯罪ーと若者の社会不安が高いことも影響しているようだ。日本文学が専門のコロンビア大学教授のポール・アンデラーは「捨て鉢な愛や単なるセックス、そして破滅的な死が太宰の本質を象徴している。太宰が持っていた社会からの疎外感に、多感で不安な若者が共感するのは世界共通」と言う。

 そんな世相もあって、ブームはしばらく続きそうだ。『斜陽』も販売好調なことから、ニュー・ディレクションズは今年3月に『人間失格』の主人公、大庭葉蔵が登場する『道化の華』を英訳して発売。来年にもう1冊、太宰本を出版する計画という。

 「言語的に難解な日本語をキーン先生がシンプルで分かりやすい英語にしてくれた良書とはいえ、このブームは想像できなかった。米国人に良書を気付かせてくれた『文豪ストレイドッグス』には心から感謝したい」とエプラーは話している。

 ◎上記事は[中日新聞 夕刊]からの書き写し


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