核武装なくして日本は国民の安全を守れるのか?
2018年02月15日 公開 日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)
米朝「偶発」戦争の危機に日本はどう備えるべきか
ドナルド・トランプ大統領が朝鮮半島周辺に、アメリカの圧倒的な軍事力を展開して強力な対北朝鮮政策を行使した結果、北朝鮮のキム・ジョンウンはアメリカおよび韓国と話し合いをする姿勢を打ち出してきている。
トランプ大統領は北朝鮮に対して「歴史に前例のない大規模な打撃を与える」と警告し、実際に戦略爆撃機B2による北朝鮮周辺のパトロールを続けている。最近では最新鋭のステルス性戦略爆撃機B1Bをグアム島に配備し出撃態勢をとらせている。
アメリカの核戦力を勢揃いさせたトランプ大統領の厳しい姿勢に対して北朝鮮がとった手は、アメリカの同盟国である韓国に「オリンピックに参加する」などという提案をちらつかせ、アメリカと話し合う姿勢をとることだった。これは北朝鮮がこれまで幾度も、繰り返してきたやり方である。
北朝鮮に対してクリントン政権やブッシュ政権は、経済制裁で圧力をかける一方で経済援助を行うというムチとアメの政策をとった。これに対して北朝鮮は、政治的に引く態度を見せてアメリカの攻勢に対抗し、石油や食糧などをせしめた。だが核兵器とミサイルの開発をやめることはしなかった。
いまキム・ジョンウンがとろうとしているのも、このやり方である。これから紆余曲折があるにしろ北朝鮮は、「押さば引け、引かば押せ」を繰り返しながら核保有国としての道を歩み続け、結局はアメリカ本土を攻撃するミサイルと核兵器を完成させるに違いない。
トランプ大統領は強力な軍事政策を実行して北朝鮮を「押した」結果、北朝鮮のキム・ジョンウンが「引いて」話し合いになるが、結局はアメリカが再び遅れをとる見通しが強い。こうした状況になるたびに私が思い出すのは、12年前にヘンリー・キッシンジャー元国務長官と北朝鮮問題を話し合ったときのことである。
2006年12月、ニューヨークのフィフス・アベニューに面した由緒あるクラブで行ったインタビューの冒頭で私が聞いたのが、北朝鮮の核兵器開発の問題だった。「北朝鮮が核兵器を持ち、中国が大量のICBMを保有している情勢に日本はどう対応すべきか」という私の質問に、キッシンジャー博士はこう答えた。
「それはまず何よりも日本人が自分で判断すべき問題だ。これから当分のあいだはアメリカが日本を守るだろう。だが日本のような歴史と伝統のある重要な国が、いかに友好的であろうとも、よその国に安全を頼り切ってしまうことはありえないだろう。日本はこれから軍事力を増強すると思う。国際的な影響力を強化し、自衛隊をさらに遠くまで派遣することになるだろう。10年のあいだに日本は軍事大国になるだろう」
さらに私は尋ねた。
「北朝鮮が核兵器を持ち、ほかの国々も持とうとしている情勢では、日本が核装備するのは当然の結果だと考えるわけですね」
キッシンジャー博士は、こう続けた。
「それは、この番組で以前にも私が予想したことだ。すでに日本は核兵器の開発に取りかかっているだろうと考えた。実際にいつ核兵器をつくり、保有国になるかどうかは、核拡散防止法の成り行きにも関係している。だが、日本がまったく核装備をしないとは考えられない。慎重に準備を始めるだろう。ただ、このことは私の個人的な見解であって、アメリカ政府のものではないが」
私は重ねて聞いた。
「すると、日本の政治家が核装備しようとしていると聞いても驚かないわけですね」
これに対して、キッシンジャー博士は冷静に言った。
「あまり聞きたくはないが、驚きはしないよ」
あれから12年が経ち、いまや北朝鮮の核ミサイル、そして毒ガスミサイルが日本の都市を襲おうとしている。こうした事態になっても、選挙で国民の絶対多数を獲得した安倍晋三首相は核装備や抑止力などについて一切、口にもしておらず、考えているようにも見受けられない。
北朝鮮からの核ミサイル攻撃を阻止するためには、断固たる抑止力を持たなければならないはずである。核兵器とミサイルを十分に備えることによって日本の安全を図らなければならない事態になっているのだ。
キッシンジャー博士の予測は裏切られてしまった。日本は何もしてこなかったし、何もしようとしていない。いま日本に迫っているキム・ジョンウンの核ミサイルと毒ガスミサイルの脅威は、12年前のキッシンジャーの予測を日本の政治家と国民が裏切った結果である。
※本記事は、日高義樹著『米朝「偶発」戦争』より、一部を抜粋編集したものです。
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何より恐ろしいのは北朝鮮の生物化学兵器を搭載したミサイルだ
2018年02月19日 公開 日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)
小さく遠くなってしまう日本
2017年12月、私は東京にいた。街にクリスマスのイルミネーションが輝いていた頃、ウオール街の若い優秀なアナリストと寿司をつまんだ。ニューヨークにある彼の投資銀行の支店が近いこともあって、丸ビルの最上階にある老舗の寿司屋を選んだが、窓から見下ろす東京の街は私がこれまで訪れたことのある世界のどの街よりも輝き、美しかった。
寿司が好物というこのウオール街の若いアナリストは、日本と中国の企業の業績を調査するため出張してきたのである。彼は豊富な情報と冷徹な分析力によってウオール街でもめきめきと頭角を現していた。日本酒を口にし、刺身から始まって寿司をゆっくりと味わっていた彼が、何気なく指摘した2つの点に私は慄然とした。
「日本への投資はこれから数年が限度ですね。日本はあらゆる意味で世界から遠くなり、小さくなっていると世界の投資家は思っていますよ」
彼は日本が世界のどの国よりも早く老齢化しているにもかかわらず、老齢化社会を維持するための対策を、経済的にも社会的にもうまくとっていないという懸念を持っているようであった。
中国については、中国政府の不法な国営企業体制が結局、世界とうまく妥協することができず、中国経済との関わりを深めている日本経済には、先行きあまり希望が持てないと述べた。
彼は老舗の寿司を楽しみながら、驚くほど的確に日本と中国の現在の状況を説明し続けた。中国について彼はこう言った。
「中国のことを欧米の投資家は誰も信用していない。アメリカやヨーロッパの金融機関は中国の資金で儲けようとはしているが、中国に自分たちの資金を投資するつもりはまったくない」
この日の若いアナリストの指摘は、日本が世界からどう見られているかをよく示している。アメリカの経済が驚異的とも言える拡大を続けているため、その影響を受けて日本や中国の経済や金融市場も、これまでにない活況を呈している。
しかしながら、アメリカやヨーロッパの投資家たちは、そうした世界的な好景気のなかで、日本と中国を遥か離れた遠くの現象であると考えている。こう言い切ってしまうと、日本でいまもてはやされている楽観的な日本論とまったく相容れないことになる。日本の人々にとってはあまり考えたくない状況であろう。
現実問題として見ると、すでに指摘したように、中国経済はバブルが崩壊したあと、自分勝手な金融政策、すなわち低金利政策と不明確な通貨増大政策によって、表面的な辻褄を合わせているだけである。中国経済の実態はまったく明らかではない。世界の投資家から見ると、確かに危うくて投資をする気にもなれない経済状態となっているはずである。日本については、ドル高に伴う円安によって輸出が増えているが、国内の経済体制は一向に改善されていない。企業や組織、そして政治が古い体制のまま続いているなかで、輸出だけが伸び、とりあえずは経済が良くなっているように見える。このため「世界が日本経済を見習っている」などという思い上がった評論や考え方が横行しているが、友人のアナリストが指摘するように、日本は世界から遠くなり、小さくなり続けている。彼は最後にお茶を飲みながらこう言った。
「日本の経済界の人々に会うと、まるでバブル経済が一段落してしまったような疲れが目につく。経済が拡大しているというエネルギーではなく、円安という現象によってバブル的に経済が大きくなり、いまやそのバブルが終わってしまうのではないか、という恐れからくる疲れを感じているようだ」
こうした彼の考えには私も納得した。いま我が国では円安の問題があまり論議されていない。その最大の原因は、現在起きている現象は円安ではなく、ドル高であるからだ。この点については少し説明が要ると思う。
アメリカではトランプ景気が、まさに歴史始まって以来の大型減税によってさらに続くと思われる。しかしながら、そうしたアメリカ経済が抱え込んでいるもっと大きな問題は、オバマ大統領がつくりあげた財政赤字を中心とする、氷山のように危険きわまりない大赤字である。
この氷山の実体は、アメリカ政府が発行している10年、30年の連邦債であり、高い金利によって外国から集めている資金である。世界中から資金を集め続けなければ、現在の赤字財政を維持することができない。そのためにはドルを安くすることなどとてもできないのである。ドルを高くし続け、世界からの資金を集めなければならない。この結果が円安であり、日本経済の好調の理由となっている。
こうした、いわば危うい状態の日本経済を破壊する恐れがあるのは、朝鮮半島における戦争であり、日本本土を襲う北朝鮮のサリンやVX神経ガスを搭載したミサイルである。
2018年1月の初め、年が明けてすぐ、ワシントンにあるアメリカの陸軍大学の研究所が北朝鮮のミサイル戦略に関する研究結果を発表した。そのなかで、はっきりと指摘されているのは、一発のVX神経ガスを搭載したミサイルが東京に撃ち込まれれば、100万人の死傷者が出ることである。
この報告はアメリカのマスコミがあまり大きく取り扱わなかったところから、日本でもあまり注目されていない。日本の軍事専門家や政治家がもっぱら関心を持ち、懸念しているのは、北朝鮮の核兵器を搭載したミサイルが日本本土に撃ち込まれることである。それに備えて避難訓練が行われるという話もあるが、現実の被害として考えると、核兵器よりも忌まわしく、恐ろしいのは生物化学兵器なのである。
核爆弾による被害について日本では、放射能による被害だけが指摘されているが、実際には熱と爆風による被害のほうがより深刻である。このことは広島と長崎のあと実施されたアメリカ軍の調査でも明らかになったことだが、どうしたことか、我が国では放射能の危険だけが先走りしている。
生物化学兵器の恐ろしさは、東京などの大都市に撃ち込まれた場合、核爆弾よりも避けるのが難しいことである。日本政府は核攻撃に対する避難訓練を考えているといわれるが、生物化学兵器から逃れることはきわめて難しい。避難すること自体不可能と言える。
北朝鮮が生物化学兵器を開発し続け、シリアやイラクに輸出していたことはよく知られている。アメリカ国防総省の2016年8月6日の報告は、次のように述べている。
「北朝鮮はシリア、イラク、中国、あるいはアフリカの国々に対する生物化学兵器の供給国となっている。生物化学兵器は核兵器と比べると、重量的に軽く、初歩的なミサイルによって簡単に遠くへ運ぶことができる」
アメリカには核兵器による攻撃に対するほど、生物化学兵器、毒ガスによる攻撃に対して断固たる措置をとっていない、という前歴がある。2013年、シリア政府がサリンやVX神経ガスを使って反政府勢力を攻撃し、子供たちにまで大きな被害を与えたときに、当時のオバマ大統領は、何の対応策もとろうとしなかった。「シリアはレッドラインを越えた」などと口では攻めたものの、シリアのVXガス使用についてはまったく野放しの状況であった。
このことを北朝鮮のキム・ジョンウンが見ていないはずはない。朝鮮半島で偶発戦争が起き、戦いがエスカレートするなかで、在日米軍基地のアメリカ軍の活動を制約するため、北朝鮮が東京や大阪へサリンやVX神経ガスのミサイルを撃ち込んだとしても、アメリカが対抗策をとってくれるとは考えられない。
トランプ大統領が発表した新しい現実主義的な戦略に基づけば、アメリカの人々にとって、いまや遥かに遠く、小さな国になってしまっている日本を助けることはしない。
北朝鮮による攻撃について安倍政権は今頃になって「これまでとはまったく次元の違う対応策を考える」と言い始めている。しかしながら、安倍首相だけでなく、日本の多くの人々は「国際社会」と日本の人々が呼んでいる世界で、現実に東京に対する毒ガス攻撃が行われることを真剣には懸念していないように見受けられる。
トランプ大統領の新しい現実主義的戦略が、「世界は不法なジャングルである」という考え方に基づいていることはすでに触れたが、日本の人々の多くは依然として、国際社会と呼ぶ架空の世界共同体、コミュニティーが存在していると誤解している。
国際社会などというものは存在しない。規制する統一的な法律も、そしてその法を強制執行する警察組織もない状況のもとで、コミュニティーは存在しない。あるのは、不法な国際ジャングルだけである。
アメリカの力を妄信してきた第2次大戦後の日本の人々は、アメリカの力のもとにおける同盟体制を国際的なコミュニティーと誤解してしまった。しかし、アメリカの力は後退し、国際コミュニティーという存在自体が霧散してしまったなかで、北朝鮮のガスミサイルが日本を直撃しようとしている。そうした日本について、ヨーロッパやアメリカの投資家たちは「あまりにも遠く、あまりにも小さい存在として関わりを持ちたくない」と考えているのである。
ハーバード大学の歴史学の碩学、サミュエル・ハンティントン博士と次のような会話を交わしたことがある。ボストンの古い住宅地にあるイギリス風の彼の自宅の書斎でのことである。私がこう尋ねた。
「『文明の衝突』の著者としてアジアにおける日本の将来の立場をどうご覧になりますか」
ハンティントン博士はこう答えた。
「日本はユニークな立場にあります。本に書きましたが、世界の主な文明というのは8つ、ないし9つあります。日本はそのなかで、1つの国だけで文明が成り立っているという点でユニークです。日本では国と文明が一致します。ほかの国と文明的に結びついていません。アメリカは英語圏のイギリス、カナダ、オーストラリアなどと結びついています。この点で日本は孤独な国ですが、自由な立場にいられるとも言えます。過去数十年間、日本はうまくやってきたが、これからもそうした良い状態が続けばいいと思っています」
いま現実に起きようとしていることは、ハンティントン博士の見解とは関わりない。
我々が認識するべきは、アメリカの考え方が変化したことによって、日本とアメリカの友好関係に終止符が打たれようとしていることである。
我が国に迫る危機に対処しようとするときに、我々はまず現在の日本の置かれた立場を明確にし、そのうえで安全を維持するための具体的な対応策を立てなければならない。
※本記事は、日高義樹著『米朝「偶発」戦争』より、一部を抜粋編集したものです。
◎上記事は[PHP Biz Online]からの転載・引用です
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米朝「偶発」戦争 孤立する日本の平和憲法
日高義樹(ハドソン研究所首席研究員) 本体価格: 1,183円
著者は2017年の終わりごろに出版した『米朝密約』において、「国際社会の怪談」と前置きしたうえで、〈北朝鮮が核兵器を持ってしまった以上、無理に北朝鮮をねじ伏せるのではなく、時間をかけて北朝鮮が豊かな国になり、国際社会の一員になるのを待つ。これがトランプ政権の考え方であり、キム・ジョンウンとの暗黙の密約である〉と書いた。
だが、状況が変わった。著者の取材・分析によれば、北朝鮮側の「コンピュータの過剰防衛(誤作動)による偶発戦争」が起こる可能性が高まってきたのだという。しかも、慣性航法装置が装備されていない北朝鮮の初歩的なミサイルは軌道予測が難しく、完全に撃ち落とすことは不可能だとアメリカ軍の首脳たちは見ている。
「米朝戦争はない」とタカを括っていた日本国民にとっては悪夢だ。「ミサイルが日本に落ちるリスクが高まる」「アメリカが在日米軍を引き上げる」などの危機が現実に迫るからだ。日本よ、どうする!
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