「仕事がなくなったら、俺も無縁死予備軍?」書き込みがツイッターに殺到。若者たちが『無縁社会』に反応したワケ
――NHKスペシャル『無縁社会』 大反響の“その後”を追う
2010年4月9日 NHK「追跡!AtoZ」取材班
誰も訪れることがなく、ひっそりと無縁化した墓。日本中でこのような墓が増えている。1月末に放送したNHKスペシャル「無縁社会」。放送と同時に、インターネット上に衝撃が広がった。30代、40代という働き盛りの若い世代が「無縁死は他人事ではない」「自分も将来、無縁死する」といった心の叫びをネット上に書き込んだのだ。その書き込みは、数えられるだけで、3万件近くにものぼった。この反響の裏側に何があるのか、という疑問を抱いた私たち取材スタッフは、追跡取材を始めた。
インターネット上の反響で、特徴的だったのは「ツイッター」というサイトに、放送中に書き込まれたものが目立って多かったことだった。ツイッターは、携帯電話やパソコンを通じて、不特定多数の人に同時にメッセージを発信し、また読んだ人から返信を受け取ることができる。そのため、ネット上で顔も知らない同士が“つながっている”感覚を味わうことができるため、去年から今年にかけて急速に普及したサイトだ。無縁社会も、この「ツイッター」を通じて、若い世代同士が共感の輪を広げていっていた。
「俺も仕事がなくなったら、無縁死だなぁ…」。番組を見ながらツイッターに書き込んでいた34歳の男性。「ツイッターは、“心の安定剤”になっている」と話してくれた。自分も将来、無縁死するかもしれないと、この男性のようにツイッターに書き込んだ30代、40代の人たちの中から、私たちはその書き込みの裏に何があるのか、さらに追跡取材を続けていった。
ツイッターに垣間見えるロスジェネ世代のホンネ
そのひとり、38歳独身女性の書き込みはこうだった。
「無縁死、ロスジェネ世代が敏感になっているような気がする」
「35歳になると限界が見えてきて結婚市場でも価値が低下する時代――だから無縁死について考えるんだと思う」
女性は、出版社から仕事を請け負い、雑誌や本に記事を書いている。仕事は1回ごとの契約で、収入は不安定だ。独りきりの仕事場で、丸子さんは頻繁に何気ない「つぶやき」をツイッターに書き込んでいた。
「とりあえず、急ぎの仕事が終わった。ツイッター見ながら、昼食なう」
「そろそろ仕事の集中力が切れております。今日こそは早く帰りたい」
仕事場での女性は、都会で颯爽と働くキャリアウーマンという印象で、内面に孤独感を抱えているようには見えない。しかし、本当の自分の姿をツイッターに書き込んでいた。
「就職氷河期で苦労して非正規雇用」「努力して働いたけど、結局、不況と自己責任」
就職氷河期で正社員として就職できず、契約社員として会社を転々としてきた女性。終身雇用が崩れ、働き方の変容する一方、競争社会では当たり前に求められる「自己責任」。「自己責任」という言葉に縛られ、厳しい生活でも他人に頼らずに生きてきた結果、40歳を目前に「無縁死は選択肢のひとつ。そう覚悟している」と語っていた。
「親戚付き合いもほとんどないし、深い付き合いの友人もいないから、結婚でもしない限り、無縁死する可能性は高いな」
これは、 コンピューター関連会社の社員、35歳の男性のつぶやきだった。
彼は大学を卒業後、仕事のない故郷・北海道から上京して3年余り。システムエンジニアとして働いてきたが、仕事場以外で親しい友人ができず、さらに与えられた目標を達成しなければならないという重圧から、過労とストレスで鬱病に。 休職をせざるを得なくなり、ネット上のつながりだけが頼りになっていた。
ひとり暮らしをしているマンションの一室では、パソコンの前から離れない生活。 訪ねてくる友人もいなくなり、部屋の掃除もしなくなった。そして、部屋が汚いから人を呼べなくなり、さらに部屋が汚くなるという悪循環に陥る、と。男性はそれでも、その悪循環から脱することができないと話してくれた。
「いまの生活が続いていけば、無縁死っていう可能性もあると思っている。しかし、人と会わない生活っていうのも、居心地の良さもあって、なかなか動けない」
「ひとりは居心地がいい」。そう話す背景には、ケータイ、メール、コンビニと、誰でもひとりで生きていくことが可能な時代だということもあろう。「無縁社会」の解決は、容易ならざる厄介なものだと思った瞬間だった。
ツイッターの取材では、隠れた「無縁死予備軍」が数多くいるのではないかという恐怖を感じた。そして、ツイッターは、実際に彼らだけを見ていても分からない赤裸々な姿を教えてくれた。
「現実社会では、ホンネは言えない。ツイッターの自分がホントの自分」
取材を終えてみると、ツイッターの書き込みは、「誰かに聞いてほしい、気づいてほしい」という若い世代の“心の叫び”のように感じられるようになっていた。
無縁な人たちをターゲットにした新ビジネスも
「縁」を失った人たちをターゲットにした新ビジネスが次々と誕生。その実態を追跡するため、取材に向かった鎌田キャスター。 私たちは、さらに追跡を続けた。すると、無縁社会が世代を超えて広がっていく中で、“縁”を失った人たちをターゲットにして、新たなビジネスが次々と生まれている実態が浮かび上がってきた。“縁”に代わるサービスを必要とする人たちの急増。こうした人たちを公的にサポートする仕組みがない中で、利用者が急増するビジネスの実態を追跡取材した。
私たちがまず驚いたのは、有料の「話し相手サービス」だった。訪れた会社のシステムは、シンプルなものだった。電話で話相手になってもらうと、10分間で1000円かかる。職場のグチ、恋愛相談、果てには「ただの雑談」。家族や友人と話すと「気を遣って、しゃべりにくい」という人たちから、電話が次々にかかってくる。
「テレビでプロレスを見てたら・・・」と40分、4000円を払って話し続けていた30代の男性。「家に独りでいたら涙が出てきた」、と1時間近く話し込んでいた50代の男性。中には、1ヵ月に20万円近くもサービス料を支払う利用客がいるということだった。
現場に赴いた鎌田キャスターが実際の利用客と電話をつなぎ、「なぜ、家族や友人ではなく、有料のサービスを利用するのか?」と取材を申し込んだところ、「金銭を支払った関係であれば、迷惑をかけてもいいと思った」という返答だった。「他人に迷惑をかけてはいけない」「自分のことは自分で責任を持つ」という、言ってみれば「自己責任」という言葉が蔓延してきた現代ニッポンの世相を垣間見る現場が見えてきた。
無縁社会の到来は、「墓」の形も大きく変えようとしている実態が見えてきた。そのひとつがいま、建設ラッシュともいえる状況を生みだしている「共同墓ビジネス」だ。
無縁社会の象徴のひとつともいえる「共同墓」。建設ラッシュの状況が続いているという。共同墓、すなわち永代供養墓についての専門書を取り扱っている出版社の社長、酒本幸祐さんによれば、いま、たとえ家族がいても「個人個人が別々のお墓に入る」というスタイルを選択する人も増えているという。その背景には、「墓を守ることを子どもに押しつけ、子どもたちに迷惑をかけたくない」という思いがあるという。
墓についても、やはり「迷惑をかけたくない」という思いが、個人と個人の“縁”を薄れさせることにつながっていた。“縁”とは、迷惑をかけたり迷惑をかけられたり、甘えたり甘えられたり、そんな「お互い様」が結びつきの根底にあるはずだが、そうした文化的な価値観も崩壊しつつあるのかもしれない。
もうひとつ、無縁社会の広がりが生んだビジネスが「保証人サービス」だ。アパートやマンションの賃貸借契約を結ぶとき、都市部の不動産業者に行くと必ず勧められるのが「保証人委託契約」だ。
「身内に保証人になってくれる人がいない」という利用者が急激に増えていることを背景に生まれ、急拡大しているビジネスだ。不動産業者にとっては、利用者が賃貸料を支払えなくなった場合、保証会社が代わりに支払ってくれるというメリットがある。また、保証会社としては、年間の保証料を支払ってもらった場合、何もなかったとしても、保証料を返却する必要はない、いわば「掛け捨て」の保険料のようなものであるため、儲けが大きく、新規に参入する業者も相次いでいるという。
東京・新宿にある大手の保証人サービス会社に追跡取材していくと、そこに「無縁社会の縮図」ともいうべき実態が広がっていることが分かった。アパートやマンションを契約している利用者が亡くなった時、遺品などを引き取る家族が現れなかったり、たとえ家族がいても「そちらで処分してください」と引き取りを拒否する例が急増しているという。この会社ではそうした場合、遺品や遺産の引き取り拒否する旨を「放棄書」という文書にサインしてもらっている。実の親子であっても、放棄書にサインをしたまま、遺品を引き取らないケースもあるという。
人生の最期を迎えた人たちの遺品が、残らず産業廃棄物として業者の手で処分されるケースが増えているという実態。「家族がいても、あてにならない」、家族という“縁”が機能しなくなっている社会が浮かび上がってきた。(文:無縁社会プロジェクト ディレクター 板垣淑子/記者 板倉弘政
取材を振り返って【鎌田靖のキャスター日記】
以前、「ワーキングプア」という番組を担当したことがあります。ワーキングプアとは働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできない人たちのことです。この番組にはネット上を中心に若い世代の人たちから大きな反響がありました。そして今年1月に放送したNHKスペシャル「無縁社会」。ネット上の反響は3万件。ワーキングプアを遥かに超えました。
家族、地域、そして会社とのつながりが希薄になり、引き取り手のない人の死が増えているというのが「無縁社会」で描いた現状なのですが、なぜ若い世代からの反響が多かったのか。その理由を追跡したのが今回のテーマです。番組で紹介した若者たちのツイッターでのつぶやきは、「自分も将来そうなるかもしれない」というものでした。
ただ、詳しく見ていくと「こうした不安は自分だけじゃなくて嬉しかった」という少々アイロニカルな安心感もうかがえます。
「心の安定剤になっている」という男性のインタビューも紹介しましたが、つながりを失った若い人たちにとってネット上でのつながりはもしかしたら将来、無縁社会を乗り越えていくための有力なツールになるのかもしれません。そうした社会をよしとするかは別として・・・。
それにしても、いまの境遇に対して自分を責め続ける若者が多いことが気がかりです。痛々しいほどです。結婚しないのも家族を持たないのも、そして正社員にならないのもすべて、彼ら自身の責任だと本当に言い切れるのでしょうか。地縁血縁で固く結びついたかつての社会に後戻りすることは非現実的です。
では、どうすればいいのか。この点を視聴者の皆さんにぜひ考えてほしい。そうした思いを込めたのが、ラストのメッセージです。
追跡AtoZを放送した当日午後4時からも無縁社会をテーマに特別番組を担当しました。無縁社会の問題についてはこれからもみなさんと一緒に考えていきたいと思っています。
※この記事は、NHKで放送中のドキュメンタリー番組『追跡!AtoZ』第38回(4月3日放送)の内容を、ウェブ向けに再構成したものです。