中日春秋(朝刊コラム)
2019年10月20日
白鳥は死の間際に最も美しい声で鳴く。西洋で古代から語り継がれる「白鳥の歌」の伝説である。辞世や絶筆、生前最後の言葉の例えとして、文芸などの世界で使われてきた
▼論語の中にも似た一節がある。「鳥のまさに死なんとする、その鳴くや哀(かな)し。ひとのまさに死なんとする、その言や善し」。死に臨んだときに口にする言葉は、純粋で真実に満ちている
▼その方の哀しい最後の言葉も、短い中に多くの思いが満ちていよう。「長いこと世話になったな」。台風19号が上陸した夜、迫り来る水の中にいた福島県いわき市の八十六歳、関根治さんである。ベッドの上に逃げていた妻にそう告げると、力尽きて、沈んでいったのだと、先日報じられていた
▼足腰が不自由だったそうである。死を悟ったときに、口をついた言葉であったのだろう。その方の厚い情を思い、身内ならずとも、喪失の無念を覚える
▼台風19号の上陸から昨日で一週間が過ぎた。いまなお被害の全容がみえたとは言いがたい。遺族の深い悲しみが、助けられなかった無念とともに多く報じられている
▼あの切迫した時間の中で、犠牲になった方々と最後の言葉を交わせなかった人が大半であろう。復旧作業を急ぐ被災地に無情の雨が降った。聞くことがかなわなかった大切な人の最後の言葉は何だったか。問いかけて、心の耳を澄ます人も多いのではないか。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です *強調(=太字)は来栖
「長いこと世話になったな」最期に妻に声かけた男性の告別式
2019年10月19日 16時17分 台風19号 被害
台風19号の大雨で自宅が浸水する中、妻に「長いこと世話になったな」と声をかけて亡くなった、福島県いわき市の86歳の男性の告別式が営まれ、親族らが最後の別れを惜しみました。
いわき市平下平窪に住んでいた関根治さん(86)は、台風で浸水した自宅で亡くなりました。
水かさが増す中で、妻はベッドの上に避難しましたが、足が悪い治さんはベッドに上がることができず、最期は妻に「長いこと世話になったな」と声をかけたということです。
19日午前、自宅近くの斎場で告別式が営まれ、親族のほか、かつての同僚などが、治さんとの最後の別れを惜しみました。
参列した人によりますと、治さんは派手なものを好まない人柄で、告別式もつつましいものだったということです。
元同僚の男性は「訃報を聞いたときは驚いてことばもありませんでした。優しい先輩で、3年前に一緒に酒を酌み交わしたのが最後になってしまいました」と目頭を押さえながら話していました。
親戚の男性は「自分が小さいころに山遊びに連れて行ってくれる、面倒見のいい人でした。最期に『世話になったな』と声をかけたと聞きましたが、私こそ、お世話になりましたと手を合わせました」と話していました。そのうえで、「天災だからしかたないとか自己責任とかで終わらせてはいけない。治さんの死をむだにしないために、避難の呼びかけを見直したり、避難しやすい環境を整えたりして、高齢者の命を守ってほしい」と話していました。
◎上記事は[NHK NEWS WEB]からの転載・引用です
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〈来栖の独白〉
人間の尊厳を感じさせてくれるエピソード。 尊厳と言葉を有する人間。ご冥福を心よりお祈りします。