『LGBTと聖書の福音 それは罪か、選択の自由か』 2020/6/24

2020-06-25 | 文化 思索

神学書を読む(62)『LGBTと聖書の福音 それは罪か、選択の自由か』
2020年6月24日21時02分 執筆者 : 青木保憲 

 米連邦最高裁は15日、性的少数者(LGBT)であることを理由に解雇することは公民権法に違反するという判断を示した。これは、ゲイやトランスジェンダーであることを理由に勤務先を解雇された3人が起こした訴訟に対する判決であり、2015年に同性婚を全米で認めた判決に続き、性的少数者の人権に関する重要な判決とみなされている。これによって、全米で数百万人の権利が擁護されることになるという。
 米国でそんなタイムリーな判決が出た時期に、一冊の書物を紹介したい。それが『LGBTと聖書の福音 それは罪か、選択の自由か』である。原題は「Love Is an Orientation(愛こそ進むべき道)」である。日本人に分かりやすいよう、邦題には苦慮されたのだろう。
 著者のアンドリュー・マーリン氏は1980年生まれの39歳。自らの名を冠したマーリン財団を立ち上げ、LGBTコミュニティーとキリスト教(主に福音派)との橋渡しをしようと努力している。本書は2009年に米国で発刊され、ベストセラーとなっている。
 さて、まずは本書のタイトルについて触れなければならない。日本の保守的なキリスト者の中には、「LGBT」の問題はまるで「靴の中の小石」のような存在として感じている人もいるのではないだろうか。気にはなるが、かといってそのままでも命に別状はない。そんな感じで捉えているなら、タイトルに「LGBT」「聖書の福音」と並べられていることで、興味を失ってしまう人もおられるだろう。「結局は、聖書的観点からLGBTのここがいけない、あそこがかわいそうだ、と論じる本だろう」と勝手な想像が働いてしまうからである。
 しかし本書は単に、LGBTの人々に対してキリスト者がどう教え諭すか、教会がどんな聖書的真理を語るべきか、を列挙する「取り扱い説明書」ではない。むしろ原題にある「愛こそ進むべき道」のように、自分にとって異質な存在に出会ったとき、人としてどう向き合い、どんなマインドで自らの胸の内を開陳すべきかを丁寧に語る「人間関係指南書」である。
 著者のマーリン氏は、学生時代から真面目な福音派のクリスチャンとして、ある意味「ぬくぬく」と成長してきた。しかし大学時代、仲の良い友人から「カミングアウト」されたことに端を発し、聖書的には「同性愛者」と呼ばれる(こう表現することすら差別意識につながると本書では語られているが・・・)クリスチャン、そして未信者たちと多く関わるようになっていったという。そして彼らの心情に寄り添うことで、福音派のクリスチャンとLGBTコミュニティーとの橋渡しをする働きを本格的に始めたのだ。
 全10章にわたり、「よくぞここまで」と言えるくらい細かな人間の心の襞(ひだ)を紹介し、どうしてこのような気持ちになるのか、また不用意な発言がどうしてそんな気持ちを喚起させてしまうのか、について具体例を取り上げながら解説してくれている。
 本書を読んでいて、こういった思考の変遷をたどる旅は、とても日本人好みではないかと思わされた。相手が自分のことを「こう考えているだろう」から、それに対して「こう反応する」という、何重もの「入れ子構造」が存在し、その自分のパラダイム(次元)が通じないことで、相手との間に齟齬(そご)が生じてしまう。そんなやりとりが、太平洋の向こう側ではLGBTの問題として顕在化しているのかもしれないが、日本のキリスト教会や人間関係においては、誤解したり、無意識に相手を傷つけてしまったりする行為が横行していることの根っこにあるのだろう。
 そのため、当初はLGBTに関しての「正しい情報」を得ようと思って読み始めたのに、いつしか、この問題に限らず、ありとあらゆる「人間関係」に適応できるような心構え、世界観が読み手の中に構築されていくことになる。そういった心理学的視点からもひもとける本書の中で、一番印象的だったのは次の箇所である。

「世界と対決だ。私たちを信じるのは私たちだけだ。そして私たちは、他のすべての人々が私たちを信じるようになるまで、彼らが間違っているということを証明するのだ。」

映画の中で、そのような思考は人々を楽しませます。人々は負け犬が這(は)い上がるのを熱狂的に応援します。しかし、現実社会においてクリスチャンとLGBTコミュニティは、それぞれを同じ役割としてイメージしているのです。それぞれが追い込まれたコーナーから抜け出すために戦わないといけない負け犬だと感じています。双方とも自分がダビデで相手がゴリアテだと信じているのです。二つの抑圧された思考がお互いに争っている状況では、どちらも同じ戦いに勝利することはできません。(83ページ)

 マーリン氏は、「二項対立的」な世界観では、この問題が解決しないことをはっきりと述べている。そしてこの対立軸の「思い込み」や「かたくなさの要因」をゆっくり、じっくりとひもといてくれるのである。読み終わって、心に浮かんだ聖句がある。
「柔らかな舌は骨を砕く」(箴言25:15)
 本書は、マーリン氏の個人的な体験とその後の活動が主になっている。そのため、彼の感性に寄り添うことができるなら、一気に読み通すことができるだろう。
 冒頭で紹介したように、米国が揺れている。その振動は遅かれ早かれ、ここ日本にも伝わってくるだろう。その時、いかなる異質なものに出くわしても、私たちが動じることなく、良き人間関係を構築するためにはどうしたらいいのか。その問いに明快な答え(の一つ)を与えてくれるのが本書である。

 ■ アンドリュー・マーリン著、岡谷和作訳『LGBTと聖書の福音 それは罪か、選択の自由か』(いのちのことば社、2020年5月)

青木保憲(あおき・やすのり)
 1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

 ◎上記事は[Christian Today]からの転載・引用です
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