東京の政治エリート(国会議員・官僚)と歩調を合わせ始めた朝日新聞の「沖縄報道」

2011-09-30 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

一転し、東京の政治エリートと歩調を合わせ始めた朝日新聞の「沖縄報道」 日米首脳会談報道を読み解く
現代ビジネス2011年09月30日(金)佐藤 優
 沖縄報道に関して、全国紙で朝日新聞と毎日新聞は特別の性格を帯びている。それは、朝日新聞が沖縄タイムス、毎日新聞が琉球新報と提携し、人事交流を含め、緊密な関係を有しているからだ。かつて沖縄の本土復帰の世論を形成する上でも、朝日新聞、毎日新聞は大きな役割を果たしたとこれまで見られてきた。
 それだから、両紙は沖縄の論理を全国に伝える上で特別の機能を果たしている。しかし、その状況が変化しつつある。朝日新聞の沖縄に対する視座が、明らかに東京の政治エリート(国会議員、官僚)に、無意識のうちに近づいているからだ。
 筆者が接する沖縄の政治エリート、有識者、マスメディア関係者から「いったい朝日新聞は沖縄についてどう考えているのか」と尋ねられることが多くなった。それに対して筆者は、「朝日新聞は、日本のマスメディアの中で、学校時代の成績がよい偏差値エリートの集団です。それだから、同じ偏差値エリートである外務官僚との同質化現象が進んでいるのだと思います。朝日新聞の記者たちは無意識のうちに外務官僚と同じ視座を持つようになっている。無意識だから矯正がきわめて困難です。普天間問題で『最後は朝日新聞が沖縄の側に立ってくれる』という幻想を捨てる時期に来ています。沖縄の政治家も記者も、東京から自立せざるを得ない状況が日ごとに強まっている。なぜそれを沖縄が余儀なくされているか、外務官僚にも、朝日新聞の記者にもピンとこないのです」と答えている。
 筆者のこの認識が、9月21日(日本時間22日)、ニューヨークで行われた日米首脳会談に関する朝日新聞の報道を読んで決定的に強まった。この首脳会談で、オバマ大統領が野田佳彦首相に対して「結果を求める時期に近づいている」と発言を行ったをめぐり深刻な問題が生じている。この問題を初めに指摘したのは、9月27日付琉球新報の以下の記事だ。
〈「普天間移設」大統領発言、疑義が浮上 首をかしげる首相
 【東京】日米首脳会談で米軍普天間飛行場移設問題について、オバマ米大統領が野田佳彦首相に対し「結果を求める時期に近づいている」と発言したとされる件で、発言の事実に疑いが浮上している。野田首相は首脳会談後の記者団との懇談で発言について問われ、首をかしげて「進展を『期待する』という話はあった」と説明した。オバマ大統領の「結果を求める時期」については、米国務省のキャンベル次官補が記者団に説明していた。野田首相の認識と食い違っていることが明らかになった。
 21日(日本時間22日)、首脳会談には野田、オバマ両首脳の他、玄葉光一郎外相、クリントン国務長官が参加。外務省や国務省職員ら両国事務方も同席した。会談終了後、キャンベル次官補が報道陣に、会談内容について「われわれは結果を求める時期に近づいている。それは大統領からも明確にあった」と解説した。
 それを受け、日本メディアは「(オバマ大統領は)具体的な進展が得られるよう日本側の努力を強く要求した」と報道。この「結果要求」の背景としては、「普天間移設とセットである在沖米海兵隊のグアム移転の実現性にも(米議会から)厳しい視線が注がれ、現行計画が空中分解しかねない現状への米側のいら立ちを映し出した」とした。
 関係者によると、野田首相は記者団に「オバマ大統領との会談で結果を求められたのか」と問われ、首をかしげた。首相は普天間問題のやりとりについて「こちらから沖縄の負担軽減を図りながら、誠心誠意説明していくという話をした。(大統領から)進展を期待しているという話はあった」と述べたという。〉

 朝日新聞を含む全国紙は、普天間問題に関し、「結果を求める時期に近づいている」という発言がオバマ大統領からあったかなかったかを巡って、オンレコ扱いの内政懇で野田首相が述べたことと、米国務省のキャンベル次官補の記者に対するフリーフ(説明)に差異があることについて報じなかった。
 首脳会談で、オバマ大統領が「時期が近づいている」という時限性、「結果を求める」という内容を要求したか否かという問題は、今回の首脳会談のまさに肝となる問題だ。この点ついて日米間に事実認識の差異があると、その後、深刻な外交問題を引き起こしかねない。この点について検証することが日本の国益のために重要と考える。
 日米首脳会談について、読売新聞の報道を見てみよう。
〈首相は、懸案の米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題について、同県名護市辺野古に移す昨年5月の日米合意に沿って、沖縄の理解を得られるよう全力を尽くす考えを伝えた。大統領は日米合意の早期実現を強く求めた。
 約35分間の会談は、大統領が最初に発言し、主に2国間の懸案について解決・進展を求める形で行われた。このうち普天間移設問題で、大統領は「結果を見いだすべき時期に近づいている。進展に期待している」と述べた。首相は「様々な懸案を一つ一つ解決していくのが野田政権の使命だ。日米合意にのっとって、沖縄の負担軽減を図りながら、沖縄の皆様の理解を頂けるよう全力を尽くしていく」と応じた。〉(9月22日読売新聞電子版)

 読売新聞は、オバマ大統領の発言として「結果を見いだすべき時期に近づいている。進展に期待している」と報じている。
 毎日新聞〈首相は会談で、昨年5月の日米合意の着実な進展を図ることを強調し、首脳間の信頼関係構築を目指した。これに対し、オバマ大統領は「これからの進展に期待している」としたものの、「結果を求める時期が近い」とも述べ、日本側の努力を改めて強く促した。〉(9月22日毎日新聞電子版)と読売新聞と同様に「結果を求める時期が近い」という発言がオバマ大統領によってなされたと報道している。
 ちなみに時事通信は、首脳会談の現場に居合わせたかのような臨場感あふれる報道を行っている。
〈21日行われた野田佳彦首相とオバマ大統領による初の日米首脳会談。懸案の米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、米側の厳しい姿勢が鮮明になった。大統領選を来年11月に控え、米国の対日圧力がさらに強まるとみられるが、日米合意に反発する沖縄の理解が得られるめどは立っていない。外交初舞台の首相は、出だしから重い課題を突き付けられた。
 「結果を出す時期が近づいている」。大統領は首相との会談で、時間を惜しむかのように本題に切り込んだ。首相同行筋によると、クリントン米国務長官ら同席者が自己紹介をする間もなく、大統領は強い口調で普天間問題を進展させるよう首相に詰め寄ったという。
 首相は就任以来、日米同盟を日本外交の基軸と明言してきた。外務省内には「米国は野田政権に好意的だ」(幹部)として、米側が過度な要求をしてこないと見る向きもあった。想定とは異なる米側の対応について日本政府は「初の首脳会談にしては極めて厳しい」(政府筋)と深刻に受け止めている。
 大統領が「結果」を求めた背景には、米議会が普天間問題のこう着にいら立ちを強め、移設とセットである在沖縄海兵隊グアム移転費用の削減を要求していることも関係がある。〉(9月22日時事通信)

 しかし、朝日新聞は、読売新聞、毎日新聞、時事通信と注意深く読むと異なった報道をしている。
〈野田佳彦首相は21日午後(日本時間22日未明)、米ニューヨークの国連本部でオバマ米大統領と初会談し、日米同盟を深化させていくことで一致した。大統領は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設について、具体的な結果を出すよう野田首相に要求。首相は同県名護市辺野古に代替施設を建設する日米合意の早期の履行を迫られた。
 会談時間は約35分間。首相は会談で、東日本大震災や東京電力福島第一原発事故をめぐる米国の支援に謝意を表明。「日米同盟が日本外交の基軸との信念は、震災をめぐる米国の多大な協力で揺るぎのない信念となった」と伝えた。大統領は「同盟関係を21世紀に適したものとして近代化していきたい」と語った。
 普天間問題について、首相は「引き続き日米合意に従って協力を進めたい。沖縄の人々の理解を得るように全力を尽くしたい」と強調。大統領は「これからの進展に期待をしている」と語った。会談に同席したキャンベル米国務次官補は終了後、記者団に「両国は結果を求める時期が近づいている、と理解している。その点は大統領が非常に明確にした」と説明した。〉(9月22日asahi.com)

 事実関係として、オバマ大統領が述べたのは、「これからの進展に期待をしている」という発言だけで、「両国は結果を求める時期が近づいている、と理解している。その点は大統領が非常に明確にした」という発言については、キャンベル国務次官補によるものであると2つの発言を区別している。野田首相の認識とキャンベル国務次官補の発言に、齟齬があり、それが将来問題になりうることを朝日新聞の記者は認識している。そうでなくては、このような「書き分けを」する合理的理由がない。
 事実、この「書き分け」をしたので、朝日新聞は、カギ括弧つきで事実でないオバマ発言を報じるという誤報からは免れている。オバマ大統領が野田首相に対して、「結果を求める時期に近づいている」という発言の事実関係について、9月26日の衆議院予算委員会で、否定した。琉球新報の報道が詳しいので引用しておく。
〈首相「結果求める」否定 米大統領発言、衆院予算委で答弁
 【東京】日米首脳会談で米軍普天間飛行場移設問題について、オバマ米大統領が野田佳彦首相に対し「結果を求める時期に近づいている」と発言したとされる件で、野田首相が26日の衆院予算委員会で発言の事実を否定した。野田首相は「大統領本人というよりも、ブリーフ(説明)をした方の個人的な思いの中で出たのではないか」と述べた。石原伸晃議員(自民)に答えた。
 オバマ大統領の「結果を求める時期」については、米国務省のキャンベル次官補が記者団に説明していた。
 キャンベル次官補は「日米双方とも結果を求める時期に近づいていることを理解している。その点は大統領も非常に明確にしていた」と言及。それを受け、日本側メディアが大統領発言として報道し「米の強硬姿勢が鮮明」などと解釈を付けていたが、野田首相の認識と大きく食い違っていることが浮き彫りになった。
 野田首相は26日の衆院予算委員会で、首脳会談での普天間に関する議論の中身について「(危険性を)固定化することなく、負担軽減を図っていくという説明をして、沖縄の皆さんのご理解をいただくという基本姿勢を述べた」と説明。大統領の発言については「『その進展に期待する』という言い方だった」と述べ、報道された発言内容を否定した。「結果を求める時期」との発言については「ブリーフをした方の個人的な思いの中から出たのではないか」と指摘した。〉

 野田首相の答弁は、質問通告を受け、外務省が答弁要領を作成した上でなされる。日米首脳会談の記録に、オバマ大統領が「結果を求める時期に近づいている」という発言は存在しないのである。しかも、米国側のブリーファー(説明者)に関して、野田首相が、国会答弁で「大統領本人というよりも、ブリーフ(説明)をした方の個人的な思いの中で出たのではないか」と述べたのも異例の事態だ。
 なぜなら、首脳会談の内容を正確にマスメディアに伝えるのが説明者であるキャンベル国務次官補の役割だからだ。ここで、野田首相が「米国側の思い」ではなく「個人的な思い」と述べたことも重要である。「個人的な思い」をあたかも大統領の発言のごとく述べることは、公務員の公私混同であり、外交ゲームに不必要な混乱を持ち込むからだ。
 いずれにせよ、「結果を求める時期に近づいている」という報道を行ったマスメディアは、国民に真実と異なるニュースを伝えたことになる。それについては報道を修正するのが職業的良心に照らした責務である。毎日新聞は、9月27日朝刊で、こう報じた。
〈野田首相:普天間の辺野古移設、米大統領「結果求める時期」発言否定---衆院予算委
 野田佳彦首相は26日の衆院予算委員会で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の沖縄県名護市辺野古への移設時期について「いつまでにと明示するのは困難だ」と強調し、「誠心誠意、説明しながら、(沖縄県側の)理解をなるべく早い段階で得られるようにしたい」と述べた。
 ニューヨークでの日米首脳会談後、米側はオバマ大統領から「結果を求める時期が近い」と早期実現を求めたことを発表したが、首相は「(記者に)ブリーフした方の個人的な思いが出たのではないか。大統領は『その進展に期待する』という言い方だった」と否定した。石原伸晃氏(自民)への答弁。〉

 毎日新聞は、この野田首相の答弁に関して、過去の自社の報道と矛盾するが、伝える責任があると考えたのであろう。これに対して、朝日新聞は野田首相の答弁にニュース性を認めていない。この感覚が、沖縄の政治エリート、有識者、マスメディア関係者には理解できないのである。そして、この人たちが朝日新聞は沖縄の気持ちを理解する努力をやめたという認識を抱き始めている。
 偏差値秀才の論理からすれば、「うち(朝日新聞)は、あくまでもキャンベル国務次官補を主語として、『両国は結果を求める時期が近づいている、と理解している。その点は大統領が非常に明確にした』という発言を報じたので、誤報ではない。」ということなのであろう。しかし、それは姑息だ。
 朝日新聞、〈大統領は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設について、具体的な結果を出すよう野田首相に要求。首相は同県名護市辺野古に代替施設を建設する日米合意の早期の履行を迫られた。〉(9月22日asahi.com)という基本認識で、紙面を構成し、解説と社説を書いたからだ。オバマ大統領が、「具体的な結果」を要求し、「早期の履行」を迫ったという事実関係が問題になっているということは、報道内容を検証しなくてはならない根源的問題だからだ。
 普天間問題のハンドリングを誤ると、米海兵隊だけでなく沖縄のすべての米軍基地が住民の敵意に囲まれる。米軍基地と共に自衛隊に対する忌避反応も強まる。そして、沖縄に日本からの分離傾向が生じる。そして日本の国家統合に危機が生じる。日米首脳会談に関して、9月23日朝刊に掲載された社説に朝日新聞はこう記した。
〈いまの日米関係に突き刺さった最大のトゲは、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題だ。 大統領は初顔合わせにもかかわらず、具体的な結果を明確に求めてきた。首相も日米合意の実現に「沖縄の理解を得るよう全力を尽くす」と応じた。
 現行計画が一向に進まず、米国側がいらだつ事情はわかる。しかし、首相のいう「沖縄の理解」がもはや得られそうにないことは、誰の目にも明らかだ。
 つい最近も、沖縄県の仲井真弘多知事が米国で講演し、きっぱりと県外移設を求めた。日米合意が強行されれば「全県的な激しい基地反対運動につながり、日米安保体制に悪影響を及ぼしかねない」と警告もした。
 知事が米国社会に向けて直接発したメッセージは重い。
 日米安保体制の安定的な維持のため、両国政府はともに打開策を探るしかあるまい。同盟の知恵としなやかさが試される。
 野田外交は、基軸である日米同盟の確認からスタートした。そこから、多極化する国際政治での日本の立ち位置を確認しつつ、誠実かつしたたかに展開をしていくことが求められる。〉

 日米安保体制を安定的に維持するためには、首脳間の信頼関係が何よりも重要だ。オバマ大統領が発言していないことを、米国国務省の官僚が「個人的な思い」からあたかも大統領の発言であるかのごとくブリーフすることを看過してよいのだろうか。沖縄がこの状況にいかに傷つき、悲しみ、憤っているか、朝日新聞の記者たちは気づいているはずである。
 気づいているにもかかわらず、紙面化できないわけ(あるいは無意識のレベルにおける抑圧)が重要だ。まさに沖縄の人々が指摘する東京の政治エリートによる沖縄に対する構造的差別に朝日新聞の記者たちも絡め取られていると筆者は見ている。
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