〈安保激変〉国有化1周年 尖閣問題の本質は「台湾問題」 日本は国際社会により丁寧な発信を
WEDGE Infinity 2013年09月11日(Wed) 小谷哲男(日本国際問題研究所研究員)
昨年9月11日に、日本政府が尖閣諸島の国有化を決定してから1年が過ぎた。その間日中交流は停滞し、尖閣諸島の周辺海域では双方の法執行機関の船がにらみ合う緊張状態が続いた。中国海軍による火器管制レーダー照射や、領空侵犯事例も発生した。
中国側は日本政府が「国有化」を発表した9月10日を屈辱の1周年とみなしており、新設された国家海警局の8隻の監視船を領海に侵入させるだけでなく、爆撃機や無人偵察機を使った空における示威行為も繰り返している。サンクトペテルブルクで開かれたG20首脳会議で、安倍晋三首相と習近平国家主席が初めて挨拶を交わしたが、日中関係がこれによって急速に改善するというのは早計であろう。
尖閣諸島をめぐる日中の主張は真っ向から対立しており、これが簡単に解決することはあり得ない。日本政府としては、不測の事態が武力衝突につながることがないよう現状を管理しつつ、中国との対話を重ね、一方で日本の立場の正当性を国際社会に理解してもらう努力を続けなければならない。
そのためには、まず尖閣問題の本質をしっかりと見極める必要がある。その上で、適切な政策を立てていくのだ。
*中国より早かった台湾の主張
尖閣問題は日中間の資源をめぐる対立だと考えられがちだが、その本質は台湾問題である。台湾政府が尖閣諸島の領有権を初めて公式に宣言したのは1971年の6月で、その年の12月に主張を始めた中国政府より半年早い。
台湾が主張を始めた理由は資源である。台湾は特に漁業資源に強い関心があり、米軍統治下の尖閣周辺でも不法操業を行っていた。加えて、1968年に国連極東経済委員会が石油資源埋蔵の可能性を指摘した後、1958年に調印された大陸棚条約の批准をし、アメリカの企業と試掘の契約を結ぶなど、海底資源にも深い関心を持っていた。
台湾側の主張は、尖閣諸島は元々台湾の一部であり、日清戦争を終結させた1895年の下関条約で台湾と一緒に日本に割譲されたとしている。このため、1943年のカイロ宣言、1945年のポツダム宣言、1952年のサンフランシスコ講和条約と日華平和条約に基づき、日本は台湾及び澎湖諸島を放棄したのだから、尖閣諸島も一緒に返還すべきだ、というのが台湾の主張のポイントである。
しかし、公開された台湾側の外交文書や『蒋介石日記』の記述からは、これとは反対の事実が浮き上がってくる。台湾側の史料によれば、台湾が当初尖閣諸島を琉球の一部と明確に認識していたことが確認できるのだ。
*当初台湾は尖閣諸島を琉球の一部と認識していたが…
たとえば、1948年に中華民国政府内部では、地理的近接性から八重山または尖閣諸島を台湾の一部にするべきかが検討されていた。歴史的に尖閣諸島が台湾の一部であるというのなら、このような検討をする必要はない。また、政府文書では「尖閣諸島」と日本名が記述され、「釣魚台」という中国名称は使われていない。
1968年4月には、尖閣諸島周辺での台湾漁民による不法漁業、鳥の卵の採集、廃船の処理に関して米国から照会を受けると、台湾政府は「不肖漁民」の管理の強化を約束している。一方、同年8月に台湾漁民の不法漁業に関する日本側の懸念を米側が伝達してきたことに対しては、米国の琉球に対する管轄権は日本ではなく連合国の委託であり、日本側に意見を述べる権利はない旨を回答している。ここでも、尖閣諸島が琉球の一部と認識されていることがわかる。
1969年11月に日米が沖縄返還で合意すると、蒋介石総統は琉球返還は侮辱であるとし、琉球の帰属に対する権利を留保すると日記に書き残している。1970年8月のエントリーには、「尖閣」領有の根拠は琉球の主権を放棄していないことだと書かれている。翌9月には、アメリカが琉球を日本に返還するなら「釣魚台」を琉球の一部とはできないと書かれており、尖閣諸島を台湾の一部とする虚構がここで作られていったことがわかる。
つまり、当初台湾は尖閣諸島を琉球の一部と認識していたが、日米間の沖縄返還交渉を問題視し、尖閣諸島周辺の漁業・石油資源を確保するために同諸島を台湾の付属島嶼という主張に変更したことが史料的に裏づけられている。このため、下関条約で日本に割譲された台湾の付属島嶼に尖閣諸島が含まれていた、とする台湾側の主張には根拠がないのだ。
*中国が主張する「棚上げ」の真意
一方、1970年代初めの中国は漁業技術も海底開発の技術も欠如していたため、尖閣諸島周辺の資源に強い関心はなかった。しかし、台湾が尖閣を台湾の一部とする主張を始めたため、中国も同様の主張をせざるを得なかったと考えられる。それが、71年12月の領有権の主権につながったのだ。
中国も台湾とほぼ同じ主張をしている。つまり、尖閣は歴史的に台湾の一部だという主張だ。中台の主張で決定的に違うのは、台湾はサンフランシスコ講和条約を受け入れているが、中国は受け入れていないという点である。この違いは米軍による沖縄統治の正当性を認めるかどうかにつながる。
ただし、中国政府は尖閣そのものに強い関心はなかったため、「棚上げ」にこだわった。中国が「棚上げ合意」の根拠の1つとするのが、1972年に周恩来首相が田中角栄首相に語った内容である。周首相が尖閣諸島問題について、「今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」と言ったのは、台湾が尖閣の領有権を主張し、アメリカの企業に石油試掘権を与えたから問題になった、という意味であろう。中国にとって、尖閣問題よりも日中の国交を正常化させる方がよっぽど重要な課題だった。だからこそ、これを一方的に「棚上げ合意」の根拠としていると考えられる。
もっとも、近年、中国にとっても海洋資源が重要となった。中国は東シナ海のエネルギー資源の埋蔵量を過大に見積もっている。日本側の調査ではせいぜい30億バレルほどだが、中国のエネルギー産業は1000億バレルとしている。この見積もりの差が問題をより複雑にしているといえる。2008年の東シナ海における日中資源共同開発合意も、中国国内の強硬派の反発で事実上履行が不可能となった。漁業資源も重要である。中国の漁業技術は70年代とは比較にならないほど発達した。漁業資源は、中国13億人の重要なタンパク源となっている。
*中国が尖閣の領有をあきらめることはない
それでも、中国にとって尖閣問題の本質は台湾問題である。中国は80年代に台湾有事への介入を積極的に阻止する戦略を取り、海軍は近海防衛を目指すようになった。東シナ海と南シナ海は、介入阻止戦略にとって重要な海域である。これらの海に浮かぶ島や岩礁はそこに軍事施設を建設すれば、警戒監視に役立つ。このため、中国は1992年の領海法で尖閣諸島や西沙・南沙諸島など、すべての島の領有を宣言したのだ。その後、実際に中国は南シナ海の島に軍事施設を建設し、周辺国から岩礁を奪ってきた。ただし、東シナ海では圧倒的に日米の軍事力が中国のそれに勝っているため、「棚上げ」を主張しながら、徐々に存在感を増すというやり方を取ってきた。 中国が主張する「棚上げ」は、日米に対してより優位な軍事力を持つまでの時間稼ぎに過ぎない。ただし、今はまだ軍事バランスは日米に有利である。おそらく、石原慎太郎・前東京都知事の購入発言がなければ、中国としては尖閣諸島をめぐって日本と事を構えたくはなかっただろう。だからこそ、船や航空機などの実力を使って、日本側に「棚上げ」を受け入れさせようとしている。
尖閣問題が台湾問題に直結している以上、中国が尖閣の領有をあきらめることはない。それは中国が「核心的利益」と呼ぶ台湾やチベット、新疆ウイグルなどに誤ったメッセージを送ることになるからだ。
*日本が取るべき対応
このように、尖閣諸島の本質が台湾問題であることを認識した上で、日本として世界にどのような発信をしていく必要があるか考えたい。
まず、日本政府の立場は、尖閣諸島が日本固有の領土であり,尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在していないというものだ。すでにみたように、台湾と中国の主権には法的根拠がなく言いがかりに過ぎないため、領有権について話し合う余地がないのは当然である。言いがかりに屈しては戦後の国際法秩序が崩れてしまう。
ただし、この説明は国際社会に向けてはより丁寧に行う必要がある。事情をよく知らない国から見れば、日本がかたくなに紛争の存在を否定しているようにみえるからだ。「固有の領土」というのは国際的に広く受け入れられる概念ではないため、これを前面に出すよりも、尖閣諸島が台湾の一部であるというフィクションが1970年前後に作り上げられたことを説明し、尖閣問題の本質が台湾問題であるということを強調する方が効果的である。
次に、日本は領有権問題の存在を認めなくても、国際法に基づいた資源の共同開発には応じるということを、より国際社会にアピールするべきだ。この点では、今年結ばれた日台漁業協定が良い例となる。日本と台湾は領有権問題では意見を異にしているが、双方とも平和的な手段を選択し、協力できるということを示したからだ。これは、ガス田の共同開発に合意しながらもそれを反故にし、実力による一方的現状変更を試みる中国に対する牽制となる。
最後に、尖閣問題がアジアの将来の試金石だということを強調すべきだ。このまま中国が強硬な姿勢を取り続ければ、アジアの将来は暗いものとなるだろう。日本が尖閣で譲歩すれば、地域における中国の強硬姿勢に拍車をかけるだろう。
日本は、国際協調と法の支配に基づいた明るい未来をアジアにもたらすために、毅然とした領土保全政策を取っていることを国際社会に示し、中国がその行動を改めるように国際社会と一体となって働きかけなければならない。
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