自民党の大勝利を米国メディアはどう伝えたのか 中韓への配慮? 安倍首相の「ナショナリスト」ぶりを警戒
JBpress「国際激流と日本」2013.07.24(水) 古森 義久
今回の参議院選挙への米国メディアの反応は、まずは、安倍晋三首相が率いる自民党が地すべり的な大勝利を飾ったことへの歓迎であり、そして、例によって「普通の国家」を目指そうとする安倍氏の憲法改正などへの主張に対する屈折した態度がまぶされたものであった。
安倍氏が日本国民の揺るぎのない支持を得たことや、日本の政治が近年では珍しい安定を得たことは、米国のオバマ政権が内外ともに衰退や破綻に直面しているのとは対照的であり、米国マスコミのいつもの高みから見下ろすような日本診断も歯切れの悪さが目立っていた。
日本の参議院選挙での自民党の安倍政権の大勝利は「ウォールストリート・ジャーナル」「ワシントン・ポスト」「ニューヨーク・タイムズ」の主要3紙により7月22日付朝刊でそれぞれ報じられた。もっとも3紙ともトップ級のニュースではなく、1面の片隅にちらりとニュースの冒頭を載せて、残りは中の面で詳しく伝えるという扱いだった。
*米国政府高官たちは日本と中韓との関係悪化を心配
ウォールストリート・ジャーナルのニュース記事は、「投票は安倍に新しい戦後・日本へのビジョンを求める権限を与えた」という見出しで、今回の地すべり的な勝利が安倍首相に「野心的な成長行動予定と力強い外交政策を追求するためのより多くの自由を与えた」と総括していた。
このニュース記事は、安倍首相の「3本の矢」という表現で象徴される経済政策が成果を生み、国民の圧倒的な支持を得たことを強調したうえで、以下のようにも述べていた。
「安倍氏の勝利の意味は国内経済をはるかに超えるだろう。ナショナリスティックな見解とタカ派的な外交スタンスの安倍氏は、今回の選挙によって拡大された国民の信託と、より安定した政治環境とを、彼が第1期の首相時代から大切にしてきた政策目標の追求に使うことは明らかである。安倍氏は日本の『戦後レジーム』を終結させ、日本を『普通の国家』にしたいと言明してきた。その結果、第1期の首相の際には、日本の戦争侵略を受けた近隣諸国の怒りを引き起こし、米国政府の高官たちには日本と中国、韓国との関係悪化への心配を抱かせることとなった」
「(安倍氏が求める)この種の変化は日本の自衛隊に課せられた制約の一部をなくすための軍事力の増強、戦後の消極平和主義の憲法の改正への試み、などを含んでいる」
上記のような論評は、このところ米国の主要メディアによる日本報道の決まり文句のようになっている。ほとんどは一握りの記者個人の見解だが、その背景には、もちろん米国の日本研究学者や新旧含めての政府高官の一部の意見も作用しているだろう。
しかしこの種の米側の見解にはいくつかの欠陥がある。その諸点についての正しい認識を米側に求めるのは、安倍政権の今後の対米外交の課題でもあろう。
その欠陥とは第1に、憲法改正をはじめ、「普通の国家」への志向はなにも安倍晋三氏個人だけが主導する動きではなく、日本国内の広範な層から湧き上がる国民多数派の意思であることを見ていない点である。
第2には、その「普通の国家」への志向をいかにも特殊なナショナリスティックでタカ派的な動きとして描く点である。戦後の日本は米国から押しつけられた憲法により、一切の軍事力の行使を禁じられた。自国の防衛のための軍事力行使でさえも、憲法の規定を文字通りに読む限り、事実上の自縄自縛となっている。安倍氏が求めるのも、その世界でも唯一の自縄自縛、軍事禁止を取り除き、他の諸国と同じ安全保障上の自由や権利を得ようという、ごく消極的な措置なのだ。つまり、ごく平均的の正常な国にしようというだけである。
第3には、安倍政権の中国や韓国に対する姿勢は、そもそも中韓両国の反日言動によってやむにやまれず生まれた自衛の対応措置だ、という現実を無視する点である。米側のこの種の論評は日本が戦後の長い期間、「村山談話」や「河野談話」に象徴される謝罪外交、自粛、自虐の外交をさんざん続けてきたのに中韓両国はなお謝罪や卑下を求め続ける、という基本構図を見ようとしない。
*日頃、中国に対して毅然とした論調が多いWSJだが・・・
ウォールストリート・ジャーナルは選挙結果を社説でも取り上げていた。「安倍の改革の始まり」と題する短い論評だった。副見出しには「日本の首相にとって必要なのは、より高度な経済成長であり、中国との戦いではない」とあった。
この社説は安倍氏が経済成長政策に成功し、有権者の圧倒的な支持を得たと強調していた。そのうえで経済面での安倍政権の今後の課題はアベノミクス「3本の矢」のうちの「第3の矢」の成長戦略だとも述べていた。
政治面については、自民党が憲法改正に必要な参議院の議席の3分の2を得られなかったことを指摘して、安倍政権が改憲は当面進めずに「経済政策に専念することが賢明だろう。アジア地域はこれ以上の不安定を必要としないからだ」とも述べていた。日本の憲法改正は中国や韓国が反対するから当面やめておけ、というわけだ。
同社説は次のようにも述べていた。
「安倍氏は、中国政府も自国のナショナリストカードを切る口実を求めており、(改憲や軍備増強を進めると)中国側を挑発することになるかもしれない点に留意すべきだ。安倍氏はその代わりに日本にいま必要な安全保障上の目標のほとんどを米国側から適切な兵器を購入し、すでに緊密な米国との防衛の絆を増強することで達成できるのだ。安倍氏がいま実行できる日本の国家安全保障への最大の寄与は、より敏速な経済成長を実現することだろう」
ウォールストリート・ジャーナルは、日頃、中国に対しては毅然とした論調が多い。しかし社説のこの部分は不自然に弱気に響く。中国の日本に対する軍事的な威嚇や挑発を非難することなく、日本側だけに自制を求めている。オバマ政権の対中政策の弱気志向に影響されたからだろうか。
また「米国の兵器をもっと買え」というのも、いかにも米国の経済上の利益優先という露わな計算をも感じさせる。日本を世界で最も重要な同盟パートナーとして認識し、その防衛力の増強も歓迎するというブッシュ前政権までの米国当局の意向が、すっかり後退したことを実感させる論調だった。
*まずレッテル言葉ありき、という記事
続いてワシントン・ポストは第10面の大きなニュース記事で、「日本の有権者が与党に決定的な勝利を与える」という見出しを掲げていた。脇見出しは「安倍にとって、選挙結果は近年の指導者たちが得られなかった国民の信託を意味する」ともうたっていた。要するに日本国民は安倍首相の率いる与党の自民党にほぼ完全な信託を与えたというのである。その最大の要因として同記事は、「世界第3の経済を復活させる野心的な計画への強い支持」を挙げていた。
しかし、この記事は以下のようにも述べていた。
「安倍氏がこの選挙で得た政治的なパワーをどう使うかは、日本の経済の長期的な健全性と日本のアジアの近隣諸国との関係を左右することになる。分析者たちの述べるところでは、安倍氏は、困難かつ必要不可欠な改革や緊縮の措置を含む経済政策目標を第1に追求するだろう。しかし強固なナショナリストとしての安倍氏は、今回の選挙結果で自信を深め、アジアの歴史の修正主義的な見解を今まで以上に自由に語るようになるかもしれない。それは、日本の帝国主義的な侵略を否定し、中韓両国を激怒させるような見解なのだ」
ここでも「ナショナリスト」とか「修正主義的」とか、安倍政権にとっては一方的な断罪に近い言葉がなんの根拠も示さずに簡単に使われていた。中国と韓国の主張する「歴史」はすべて正しいという前提も明白だった。
同時に本記事は、安倍氏が今回の選挙で政治的な安定を得たことを強調していた。だからこそ安倍政権はその求める通りの政策を自信を持って進められる、というのである。
他方、この記事は以下のようにも記述していた。
「しかし日本の野党筋の政策関係者たちが警告するところによると、安倍氏は右翼的な目標を重視することにもなるだろうという。若者たちのための愛国主義的な教育、日本の自衛隊の活動への制約の緩和、小さな島をめぐる激しい紛争での中国に対するより強固なアプローチなどが安倍氏のその種の目標だという」
この記事での上記のような右翼、修正主義、ナショナリストというような安倍氏に対する描写は根拠も意味も曖昧なレッテル言葉である。そもそも民主的な選挙の結果、国民多数の支持を得て、政治の最高指導者に選ばれた同盟国、しかも民主主義の国家の最高リーダーに対して使うべきレッテルではないだろう。いかにも、まずレッテル言葉ありき、という記事なのである。
*歴史の「塗り替え」を米国民は望まない
ワシントン・ポストも論説で日本の参院選結果を取り上げていた。「安倍氏への信託」という主見出しの短い論評だった。脇見出しには「日本の首相はより深い改革をもたらせるか」とあった。経済改革のことだろう。
しかしこの論説にも経済以外の領域について以下のような記述があった。
「安倍氏は日本の軍隊が自国の防衛だけでなく、集団的自衛にもかかわれるようにするため、『平和憲法』を再解釈するだろう。集団的自衛というのは、日本が、北朝鮮の攻撃を受けた米軍艦艇をも支援できるような状況を意味する」
「これらはみな日本では意見の分かれる問題であり、特に憲法の再解釈は日本の近隣諸国にとって論議を呼ぶこととなる。だが、これらは自民党の右派がプッシュする日本の第2次世界大戦中の行動の再評価――ある批判者たちは『塗り替え』と呼ぶ――ほどは問題ではない。“勝者の提示する歴史が日本を不当に扱っている”という主張には同情の余地もあるが、安倍氏の側近たちは、安倍氏がこの危険な方向へ進むことには政治的資産をあまり使わないだろうと予測している。米国民もその通りになることを願っている」
「北朝鮮が核武装を止めようとせず、中国がその核武装の阻止に協力の構えを見せている現状では、健全な日米同盟こそがアジア地域での安定のための最善の希望である。その日米同盟は経済的に繁栄する日本と衝突のない日韓関係に依存することになる。日本はここ10年ほど不安定要因となってきたが、いまや安倍首相はアジア地域や日米同盟のための安定を提供できる最善の機会を迎えたのだ」
この主張も一読すると、理にかなっているようにも響くが、よく考えるとおかしい。
日本は韓国との関係や日米同盟のために、自国の正常化である憲法改正や歴史誤認是正に手をつけるな、というのである。
特に日本の集団的自衛権の行使禁止を解除することは米国の議会や政府の代表たちも、陰に陽に、日本に求めてきた。特に米側の国防関係者たちの間では日本の集団的自衛権の行使禁止は日米共同防衛を弱くする大きなブレーキとして、1日も早く解除することを求める声が絶えなかった。ちなみにこの解禁は憲法のいまの解釈を変えるだけで、手続きとしてはごく簡単にできる。
さらに言うと、アジアの安定、日米同盟の健全性などについては、米国が大きな責任を担っているはずである。米国の責務やリーダーシップを棚に上げて、日本だけに自制を求める。韓国や中国には対日政策の修正を求めない。そんな主張は日本にとって不公正であり、米国の最近の弱さを反映していると言うしかない。安倍政権が当然、反論すべき種類の対日要請である。
ちなみにこのワシントン・ポストの短い社説のすぐ上には米国の大統領が困っていることを示す漫画が載っていた。星条旗の模様の洋服と帽子をつけた大統領らしき人物がイスに座って、「どのように統治をすべきかを思い出せなくて困ってしまった」と語っている図柄だった。オバマ政権の最近の山のような内憂外患、国内での混乱、対立、スキャンダル、そして世界各地域での影響力の減少、指導力の喪失などを意味する政治漫画であろう。
日本についての社説の隣にこんな漫画が掲載されたのは偶然だろうが、米国はいま困りきっているから、日本はなんとか安定を保ってほしいと請い願うようなメッセージが滲んでくるようだった。
*日本がアジア地域で孤立する恐れ
最後にニューヨーク・タイムズの報道を見てみよう。
まず第1面にニュース記事の冒頭が短く載っていた。見出しは「日本で首相の政党が大きく勝利」と記されていた。次の見出しは「経済のより速い改革への進路が敷かれた」と書かれていた。
記事はまず日本の衆参両院の「ねじれ」が解消されたことで、安倍政権は近年にない政策実行の権限と自由とを持つことになる点を特に強調していた。
そのうえで次のような記述があった。
「この選挙の結果は政権与党に日本の経済の変革を加速させ、戦後の消極平和主義からの離反を進めさせる機会を与えることになった。日本のデフレをなくし、経済を活性化することと、軍事力を強くすることを公約する歯切れのよいナショナリストの安倍晋三氏は、その結果、近年では最も大きく日本を変容させる指導者となる可能性がある」
「この変化は、中国との領有権紛争の悪化が消極平和主義の日本をより強固な軍事態勢の保持を受け入れる方向へと押しやるようになった時期にちょうど起きたのだ。自民党は中国への防戦としていまの反戦的な憲法を改正し、自衛隊ではなく完全な軍隊を保有できるようにすることを求めている。だが、一部には安倍首相がさらに遠くまでその方向に進みすぎて、日本がアジア地域で孤立するという恐れもあるという」
この記事はさらに憲法改正の可能性に詳しく触れて、今回の選挙で大勝した自民党も改憲に必要な3分の2の議席を持たないため、なお展望には困難な側面があることを説明していた。そのうえで以下のようなことも書いていた。
「しかし安倍政権は1947年に生まれた日本の現憲法が改正されるかもしれないという可能性を初めて現実的な展望として国民に感じさせた。国民の間では明らかに中国への懸念が安倍首相の改憲の提案への同意を生んでいた」
「安倍氏は選挙期間中、憲法改正についてはあまり語らなかったが、なおそれでも安倍氏は日本がもし国際関係でより大きな役割を果たしたいのであれば、そしてもし日本の戦後の保護者である米国の対等な同盟相手となりたいのならば、日本が正常な軍隊を保有することが必要になると語った」
「ある専門家たちによると、今後、安倍首相の憲法改正の試みでは、諸外国、特に米国の反応が最大の制約になるかもしれないという。米国政府の高官たちは日本が防衛面でいままでよりも多くの負担や役割を果たすことは歓迎すると述べているが、その一方、日本が改憲を不用意に進める場合、消極平和主義からの離反は、日本の戦時の侵攻の記憶がなお残っているアジア地域では反発を招きやすいかもしれないと懸念している」
こうした記述はどこまで正確かは別として、今後安倍政権が憲法改正に手をつける際には、価値のある指針となるだろう。
しかし日本の改憲については、いまこうしてメディアが米側の懸念や留意を伝えているが、過去には、米国の政府高官や有力議員、大手研究所、民間学者らが日本の改憲を正面から求める見解を明らかにしてきたという経緯もある。ただし、そうした日本への改憲の勧めは、みな日本が米国との同盟関係を保つという前提での提案だった。
今回の米国メディアの報道を見ると、安倍氏が率いる自民党の参院選での大勝利は、決して経済だけでなく日本の憲法や対米政策という領域にまで大きな影響を及ぼすことが不可避だ、という米側の見方を明白にしたと言える。
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