「キリストと性」
岡田 温司 著 |
西洋美術の想像力と多様性
西洋美術は正統な神学とともに民衆の信仰を養分として展開した。そこから生まれたのは例えばクィアなキリスト。多様な性に迫る。
はじめに
Ⅰ クィアなキリスト
1 キリストとヨハネ
「最後の晩餐」のなかの使徒ヨハネとイエス
イエスとヨハネのツーショット
「イエスの愛しておられた弟子」ヨハネ
師との「愛」をめぐる弟子たちの葛藤――ヨハネとペテロの場合
外典のなかのヨハネ
マグダラのマリアの愛を捨ててイエスのもとに走るヨハネ
カップルにしてライヴァル、似た者同士の使徒ヨハネとマグダラのマリア
ガニュメデスとしてのヨハネ
ソドムの罪
2 イスカリオテのユダとキリスト
ユダは本当に裏切り者なのか
ユダをめぐる解釈の葛藤
外典『ユダの福音書』
イエスとユダのどこかクィアな関係――スコセッシの『最後の誘惑』
もうひとりのユダ――ノーマン・ジュイソンの『ジーザス・クライスト・スーパースター』
ユダはなぜイエスにキスしたのか
ユダのキスのさまざまなかたち
クィアな口づけ
カイン+モーセ+オイディプス=イスカリオテのユダ
もうひとりのユダ
3 マリアとキリスト
娘エクレジアを生む母キリスト
マリア・エクレジアの子宮
花嫁マリアと花婿イエス
ジェンダーをまたぐ「花嫁」
母マリアと子キリストの結婚
Ⅱ 交差するジェンダー
4 もしもキリストが女性だったら
女性のキリスト――「クリスタ」
十字架のイエスの異性装
ウィルゲフォルティスのモデル――ルッカの《聖顔》の異性装
中世におけるさまざまな異性装
異性装の聖人たち
女教皇ヨハンナ
5 「傷(ウルヌス)」、「子宮(ウルウァ)」、「乳首(ウベル)」
女性器としてのキリストの傷
護符としての女陰と男根
イエスの割礼と包皮
聖遺物としてのイエスの包皮
傷のなかへと入る
豊かな乳房をもつキリスト
「あなたの乳房はぶどう酒にもまして快く」
両性具有としてのキリスト
6 「スピリット」とは何か
「聖霊」のかたち
「聖霊」のジェンダー、男性性と女性性の揺れ
「カリタス」としての聖霊
「ソフィア(知恵)」としての聖霊、あるいは神の女性性
グノーシス主義の「ソフィア」
「聖霊」と聖母マリア
女性としての聖霊
三位一体と聖母戴冠
三位一体を包み込むマリアの子宮
おわりに
「クィア」の概要
クィア(Queer)とは、LGBTに当てはまらない性的マイノリティや、性的マイノリティを広範的に包括する概念である。
クィアは、もともと英語で「不思議な」「風変わりな」「奇妙な」という意味を持つ語である。かつて男女以外の性自認や異性愛以外の恋愛に理解がなかった時代に、同性愛者への蔑称として使われていた。
しかし、現在では性的マイノリティ当事者が、ポジティブな意味で用いることが増えている。
性的マイノリティについて述べるとき、LGBTQ+などといわれることがあるが、この「Q」はクエスチョニング(Questioning)またはクィアを指す。なお、クエスチョニングとは性自認・性的指向が定まっていないことや、あえて決めていないことを意味する。
LGBTQ+は、あくまで性的マイノリティの一部を定義したものに過ぎない。性的マイノリティには、レズビアン(性自認も恋愛対象も女性)・ゲイ(性自認も恋愛対象も男性)・バイセクシュアル(恋愛対象が男女両方)・トランスジェンダー(割り当てられた性と性自認が一致しない)のほかにも、次のようなタイプのマイノリティが存在する。
・性自認が揺れ動く「ジェンダーフルイド」
・男女のいずれか一方に性自認を限定しない「Xジェンダー」
・自身の性自認・性別表現に男女の枠組みを当てはめようとしない「ノンバイナリー」
クィアは、このような多様な性自認・性的指向・性別表現を持つ人も含む概念である。
クィアと関連の深いSDGsの目標
クィアの権利保護は、SDGsの目標5「ジェンダー平等を実現しよう」と深く関連している。
ジェンダー平等とは、男女の性別に関わらず平等な責任や権利を分かち合うことを意味する。特に、社会的に立場の弱い女性の地位を向上させることについていわれることが多い。
SDGsの目標において、直接的に性的マイノリティに対しての言及はなされていない。しかし、男女という二元論に当てはまらない性の多様性を認め、クィアを差別なく受け入れる社会を目指すことは、より本質的な意味でのジェンダー平等の実現といえるだろう。