【トヨタの記者会見に見る社長の孤独】 山崎 元(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)
DIAMOND online 2010年02月10日
■メディアの反応
本題に入る前に道草しよう。トヨタ自動車のアクセル・ペダルに始まる不具合とリコールの問題については、トヨタ自身の対応の他にもう一つ興味深い注目点がある。
それは、個々のメディア毎のこの問題に対する報道姿勢の差だ。はっきり言って、トヨタ自動車はメディアにとっての米櫃とも言うべき広告の大スポンサーだ。一昨年来、広告費を大幅に絞り込んだことが報じられているが、それでも国内最大級のスポンサーの一つだし、往時は年間1千億円の広告出稿料を投じていた。
現場の記者はともかく、いわゆるデスクや編集長はトヨタのリコール問題関連の記事をびくびくしながら推敲しているはずだ。迷惑が掛かるといけないので、ある紙媒体とだけ言って置くが、ある媒体がリコール問題でトヨタに厳しい記事を何度か書いたところ、トヨタの広告関係の部署を通じてクレームがあったと言っていた記者がいた(クレームがあっただけで、広告費に変化があったとまでは聞いていない)。紙媒体も放送も現在広告料収入の落ち込みが深刻であり、どのメディアもトヨタに対する気遣いは半端ではないはずだ。
既に問題は大きくなっている。トヨタ自動車が記事の内容によって広告出稿を変えるような、自ら墓穴を掘るような対応はしないだろうが、メディア側の反応のちがいは興味深い。
たとえば、2月5日に行われた豊田章男社長がこの問題ではじめて登場した記者会見を報じる記事も、新聞によって報じ方に差が付いた。全国紙5紙の扱いを見てみよう。
「朝日」は一面トップ扱いで見出しは「トヨタ社長、陳謝」「品質問題『危機的な状況』」、「読売」は一面の目立つ記事で「トヨタ社長が陳謝」「プリウス対応明言せず」と報じた。共に頭を下げる豊田社長のカラー写真付きだ。品質が危機だ、という切り取り方も厳しいし、「プリウス」の名前が「陳謝」の文字と並ぶのもイメージ的には痛い。普通の報じ方だと思うが、トヨタには厳しい紙面だ。
■なぜこれまで会見に出なかったのか、答えが不用意
「毎日」も一面の扱いだが、朝日・読売よりは記事が小さい。社長の写真も小さな丸の中の顔写真だ。「産経」となると、記事は一層目立たないし、「新型プリウス改修」の方が「社長陳謝『危機的な状況』」の見出しより大きく、写真もないので、不具合を陳謝したという印象は薄い。
さらに「日経」の場合は、「トヨタ社長 安全安心へ全力」、「プリウス不具合『迅速に対応』」とまるでトヨタ自動車の広報誌と見まがうような、トヨタに対して好意的な紙面作りだ。豊田章男社長の写真もうつむいた陳謝の写真ではなく、目線を前に向けて真剣に説明している好印象の写真を使った。
これだけの比較で、経営基盤の強弱でトヨタに対する気遣いが違うとか、トヨタの機嫌取りをしているといった決めつけをするつもりはないが、放送や雑誌も含めて、トヨタのリコール関連のニュースに対するメディアの報じ方は興味深い。
■社長の品質問題?
さて、2月5日に、トヨタ自動車の豊田章男社長が一連のトヨタ車の不具合の問題で、はじめて記者会見に登場した。特に創業者の孫にあたる豊田章男社長の場合には、世間は「世襲」へのやっかみや興味を持つので、通常以上の関心が集まっていたと見ていい。これは、トヨタ自動車にとっても豊田氏にとっても、重要な会見だった。
しかし、会見は残念ながら不評だった。遠慮無しに辛辣な見出しを付けるなら「トヨタ自動車 最大の品質問題は『社長』」とでも煽ってみたい感じの出来だった。
重要なポイントを二点挙げると、先ず、なぜこれまで会見に社長が登場しなかったのかという問いに対する答えが不用意だった。これまで、(部品に)詳しい者に説明させる方法を取ったということと、この週末を不安な気持ちで迎えるユーザーの気持ちを考えて自分が登場したといった理由だったが、トヨタ車のユーザーは「この週末」だけが不安だったわけではないから、この理由では、これまでに社長が登場しなかったことの効果的な説明になっていない。加えて言えば、豊田章男社長は、問題が起きた時点で早くアメリカに行って、アメリカのユーザーに対してメッセージを発信すべきだった。
■真の「忠臣」がいないのではないか?
また、新たに発生した問題としてプリウスのブレーキ問題が注目されていたが、この説明を自ら行わずに他の役員に説明を代わって貰ったのもまずい。専門家や担当役員が補足してもいいが、素人(ユーザー)向けの説明は社長がやらないと、社長が事態を把握できていない印象を与えるし、社長が率先して問題に取り組んでいないように見えてしまう。どのような原因に基づく不具合で、どう対策するのかを、社長の言葉で説明すべきだったし、会見ではプリウスのリコールを正式発表すべきだったのではなかろうか。
一ビジネスパーソンとして、豊田章男社長の身になって考えてみるとすれば、この種の会見は難しくもあるし嫌な仕事だろう。この点は、大いに同情する。しかし、一サラリーマンと同等のレベルで「大変だろうなあ」と同情されても豊田社長は困るだろう。そして、トヨタの社員はもっと困っているはずだ。
たとえば、豊田社長はあの会見に臨むに際して、一体、何回リハーサルをやったのだろうか。あの会見は、メディアへの露出を広告費に換算すると、たぶん数億円、場合によっては10億円を超える大イベントだったのではないか。
そもそも、豊田社長は、会見の最初に軽く、ややせわしく頭を下げてから用意したメッセージを読んだが、この時点からして既に不安を感じさせたし、「日本流に頭は下げたが、深いお辞儀ではなかった」と暗に丁寧なお詫びの気持ちがこもっていないことを指摘する海外メディアもあったくらいだ。
頭の下げ方や間の取り方も含めて専門家を付けて練習しておくべきだったし、「どうしてこれまで社長が登場しなかったのか」といった当然訊かれることが想定される質問に対しては、複数の人間で回答内容を吟味しておくべきだったろう。英語で答えてくれという質問が出るかも知れないことは、どうやら想定していたように見受けたが、内容的にもっと肝心な部分の説明が合格点とはいえなかった。
明らかに「初心者マーク」付きの社長なのだから、情報発信に際しては、厳しい品質チェックが事前に必要だった筈なのだが、「練習」の必要性を指摘したり、想定問答の答えにだめ出しをしたりするような真の「忠臣」が周囲にいないようにお見受けした。
期待されて社長に就任した創業家出身の豊田章男社長だが、案外、孤独な状況に置かれているのではないだろうか。御本人には迷惑だろうが、どうしても同情の気持ちが湧いてしまう。
DIAMOND online 2010年02月10日
■メディアの反応
本題に入る前に道草しよう。トヨタ自動車のアクセル・ペダルに始まる不具合とリコールの問題については、トヨタ自身の対応の他にもう一つ興味深い注目点がある。
それは、個々のメディア毎のこの問題に対する報道姿勢の差だ。はっきり言って、トヨタ自動車はメディアにとっての米櫃とも言うべき広告の大スポンサーだ。一昨年来、広告費を大幅に絞り込んだことが報じられているが、それでも国内最大級のスポンサーの一つだし、往時は年間1千億円の広告出稿料を投じていた。
現場の記者はともかく、いわゆるデスクや編集長はトヨタのリコール問題関連の記事をびくびくしながら推敲しているはずだ。迷惑が掛かるといけないので、ある紙媒体とだけ言って置くが、ある媒体がリコール問題でトヨタに厳しい記事を何度か書いたところ、トヨタの広告関係の部署を通じてクレームがあったと言っていた記者がいた(クレームがあっただけで、広告費に変化があったとまでは聞いていない)。紙媒体も放送も現在広告料収入の落ち込みが深刻であり、どのメディアもトヨタに対する気遣いは半端ではないはずだ。
既に問題は大きくなっている。トヨタ自動車が記事の内容によって広告出稿を変えるような、自ら墓穴を掘るような対応はしないだろうが、メディア側の反応のちがいは興味深い。
たとえば、2月5日に行われた豊田章男社長がこの問題ではじめて登場した記者会見を報じる記事も、新聞によって報じ方に差が付いた。全国紙5紙の扱いを見てみよう。
「朝日」は一面トップ扱いで見出しは「トヨタ社長、陳謝」「品質問題『危機的な状況』」、「読売」は一面の目立つ記事で「トヨタ社長が陳謝」「プリウス対応明言せず」と報じた。共に頭を下げる豊田社長のカラー写真付きだ。品質が危機だ、という切り取り方も厳しいし、「プリウス」の名前が「陳謝」の文字と並ぶのもイメージ的には痛い。普通の報じ方だと思うが、トヨタには厳しい紙面だ。
■なぜこれまで会見に出なかったのか、答えが不用意
「毎日」も一面の扱いだが、朝日・読売よりは記事が小さい。社長の写真も小さな丸の中の顔写真だ。「産経」となると、記事は一層目立たないし、「新型プリウス改修」の方が「社長陳謝『危機的な状況』」の見出しより大きく、写真もないので、不具合を陳謝したという印象は薄い。
さらに「日経」の場合は、「トヨタ社長 安全安心へ全力」、「プリウス不具合『迅速に対応』」とまるでトヨタ自動車の広報誌と見まがうような、トヨタに対して好意的な紙面作りだ。豊田章男社長の写真もうつむいた陳謝の写真ではなく、目線を前に向けて真剣に説明している好印象の写真を使った。
これだけの比較で、経営基盤の強弱でトヨタに対する気遣いが違うとか、トヨタの機嫌取りをしているといった決めつけをするつもりはないが、放送や雑誌も含めて、トヨタのリコール関連のニュースに対するメディアの報じ方は興味深い。
■社長の品質問題?
さて、2月5日に、トヨタ自動車の豊田章男社長が一連のトヨタ車の不具合の問題で、はじめて記者会見に登場した。特に創業者の孫にあたる豊田章男社長の場合には、世間は「世襲」へのやっかみや興味を持つので、通常以上の関心が集まっていたと見ていい。これは、トヨタ自動車にとっても豊田氏にとっても、重要な会見だった。
しかし、会見は残念ながら不評だった。遠慮無しに辛辣な見出しを付けるなら「トヨタ自動車 最大の品質問題は『社長』」とでも煽ってみたい感じの出来だった。
重要なポイントを二点挙げると、先ず、なぜこれまで会見に社長が登場しなかったのかという問いに対する答えが不用意だった。これまで、(部品に)詳しい者に説明させる方法を取ったということと、この週末を不安な気持ちで迎えるユーザーの気持ちを考えて自分が登場したといった理由だったが、トヨタ車のユーザーは「この週末」だけが不安だったわけではないから、この理由では、これまでに社長が登場しなかったことの効果的な説明になっていない。加えて言えば、豊田章男社長は、問題が起きた時点で早くアメリカに行って、アメリカのユーザーに対してメッセージを発信すべきだった。
■真の「忠臣」がいないのではないか?
また、新たに発生した問題としてプリウスのブレーキ問題が注目されていたが、この説明を自ら行わずに他の役員に説明を代わって貰ったのもまずい。専門家や担当役員が補足してもいいが、素人(ユーザー)向けの説明は社長がやらないと、社長が事態を把握できていない印象を与えるし、社長が率先して問題に取り組んでいないように見えてしまう。どのような原因に基づく不具合で、どう対策するのかを、社長の言葉で説明すべきだったし、会見ではプリウスのリコールを正式発表すべきだったのではなかろうか。
一ビジネスパーソンとして、豊田章男社長の身になって考えてみるとすれば、この種の会見は難しくもあるし嫌な仕事だろう。この点は、大いに同情する。しかし、一サラリーマンと同等のレベルで「大変だろうなあ」と同情されても豊田社長は困るだろう。そして、トヨタの社員はもっと困っているはずだ。
たとえば、豊田社長はあの会見に臨むに際して、一体、何回リハーサルをやったのだろうか。あの会見は、メディアへの露出を広告費に換算すると、たぶん数億円、場合によっては10億円を超える大イベントだったのではないか。
そもそも、豊田社長は、会見の最初に軽く、ややせわしく頭を下げてから用意したメッセージを読んだが、この時点からして既に不安を感じさせたし、「日本流に頭は下げたが、深いお辞儀ではなかった」と暗に丁寧なお詫びの気持ちがこもっていないことを指摘する海外メディアもあったくらいだ。
頭の下げ方や間の取り方も含めて専門家を付けて練習しておくべきだったし、「どうしてこれまで社長が登場しなかったのか」といった当然訊かれることが想定される質問に対しては、複数の人間で回答内容を吟味しておくべきだったろう。英語で答えてくれという質問が出るかも知れないことは、どうやら想定していたように見受けたが、内容的にもっと肝心な部分の説明が合格点とはいえなかった。
明らかに「初心者マーク」付きの社長なのだから、情報発信に際しては、厳しい品質チェックが事前に必要だった筈なのだが、「練習」の必要性を指摘したり、想定問答の答えにだめ出しをしたりするような真の「忠臣」が周囲にいないようにお見受けした。
期待されて社長に就任した創業家出身の豊田章男社長だが、案外、孤独な状況に置かれているのではないだろうか。御本人には迷惑だろうが、どうしても同情の気持ちが湧いてしまう。