小沢氏の党員資格停止 解除を決定
NHK NEWS WEB 5月8日 19時36分
民主党は8日の常任幹事会で、小沢元代表の政治資金を巡る裁判で無罪判決が言い渡されたことを受けて、小沢氏に対する党員資格停止処分を10日付けで解除することを決定しました。
民主党の常任幹事会で輿石幹事長は、小沢元代表の裁判で無罪判決が言い渡されたことを受けて、小沢氏に対し、「判決が確定するまでの間、党員資格を停止する」としていた処分について、控訴期限となっている10日までに検察官役の指定弁護士が仮に控訴した場合でも、判決が確定するまでは1審の判決を尊重するとして、10日付けで解除することを提案しました。
これに対し出席者からは「あさってまでに控訴するのかどうかが決まるので、そこまで待ってもよいのではないか」、また「小沢氏が説明責任を果たさなければ、国民の納得は得られない」などと慎重な対応を求める意見が出されました。
一方で、「速やかに処分を解除し、党内の結束を図るべきだ」、また「強制起訴そのものに問題があり、さかのぼって処分を取り消すべきだ」などという意見も出され、最終的には検察官役の指定弁護士が控訴するかどうかにかかわらず、10日付けで党員資格停止処分を解除することを決定しました。
党員資格停止の処分が解除されることで、小沢氏は、党の役職に就くことや党の会議に出席できるようになるほか、党からの政治資金の支給も受けられるようになります。
さらに、党の代表選挙への投票や立候補も可能となります。
このため小沢氏に近い議員からは、小沢氏自身が次の代表選挙に立候補することに期待する声も出ています。
輿石幹事長としては、社会保障と税の一体改革など山積する課題に対応するためにも小沢氏の処分解除をきっかけに党内の結束を固めたい考えです。
しかし、小沢氏は消費税率引き上げ法案に反対する姿勢を鮮明にしているほか、小沢氏に近い議員らは法案の成立阻止に向けて圧力を強める構えで、今回の党員資格停止処分の解除が挙党態勢の構築につながるかどうかは不透明な情勢で、法案の成立も見通せない状況です。
これに対し自民党の石原幹事長は「唐突な印象で、検察官役の指定弁護士が控訴するかどうかを決める前の段階で早々に解除というのは何を考えているのか」と述べ、民主党の対応を批判しました。
また、自民・公明両党は幹事長らが会談し、小沢氏について「政治的、道義的責任は免れず、国会で説明責任を果たす必要がある」などとして、国会での証人喚問を求めていくことを確認するなど野党側は小沢氏の国会招致を迫る方針で、後半国会の攻防の焦点の一つになりそうです。
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〈来栖の独白〉
もはやアホらしくて、話にならない。大事な政治の仲間が無罪を勝ち取ったというのに、祝う者すらいない。仲間が嫌疑を問われたのに、一緒になって当局に抗議すらしなかった。国民が1票1票を投じて選んだ政治家を当局に絡め取られても文句のひとつも言わず、それをよいことに与党の要職を奪い、党員としての資格を停止させた。民意をないがしろにするにもほどがある。
石原伸晃のバカ面を見れば吐き気は頂点に達する。
「説明責任」「説明責任」と言うが、彼らは、たとえ説明しても聴く耳持たぬ。静かに聞かぬ。知ろうとする気があるなら、裁判の公判記録を読むはずだ。判決文を精読するはずだ。精読すれば、裁判長が決して「クロ」と判断していないことが分かる。丁寧に無罪の理由を述べている。無罪しか結論できないと述べている。真実を見ようとせず、聴こうともしないしない輩が、己が利ばかりを考えて動く。これら狂騒を見るにつけ、大手メディアの罪の深甚に唖然とするばかりだ。
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◆「東京地裁判決は小沢さん無罪をこのように説明している~判決批判する前に読んでほしい」日隅一雄① 2012-05-01 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア
◆「東京地裁判決は小沢さん無罪をこのように説明している~判決批判する前に読んでほしい」日隅一雄②
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◆「小沢一郎氏を国会証人喚問」の愚劣 2011-10-20 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア
コメント、感謝です。
>小沢氏の場合は、選挙民に対する責任で、次回総選挙で果たされます。
ほんと。そうですね。
ところで、本日、指定弁護士が控訴を決めました。許せないこと、霞が関が一致しての謀略です。
今日まで生きてきて、私はイエスの言葉を何度も噛みしめた、と振り返ります。
「わたしの国はこの世のものではない」も「彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」も、本日のようなとき、じっと噛みしめたのです。イエスのみことばがなかったなら私は立っていることができなかった、そんな気がします。