光市最高裁判決と弁護人バッシング報道〔2〕検察が「凶悪」事件を作り上げた 裁判から疎外された被告人

2007-07-22 | 光市母子殺害事件
光市最高裁判決と弁護人バッシング報道  安田好弘


〔1〕なぜ弁論に欠席したか  メディアによる殺せの大合唱  嫌がらせ電話にみる民衆意識
〔2〕検察が「凶悪」事件を作り上げた  裁判から疎外された被告人  鑑定書の示す事実
〔3〕自白調書から見える検察の意図  この事件は少年法改悪に利用された
〔4〕重罰化に向けて一気に踏み出した最高裁判決 メルトダウンする司法
〔5〕被告人を守るシステムの崩壊
〔2〕

検察が「凶悪」事件を作り上げた

 実は今回の事件で私が憤りを持ったのは、最高裁の対応だけじゃなくて、弁護士を含めて司法
全体の堕落というんでしょうか、司法が司法でなくなってしまっていることです。司法が完全にメ
ルトダウン現象を起こしてしまっている、自壊といっていい状態を、まざまざとこの裁判で見せつけ
られたわけです。
 死刑廃止フォーラム 90が出している『フォーラム通信』87号に「弁論要旨」を載せていますが、
それは3月のはじめから4月20日にかけて、事件を私どもが見直した結果です。
 検察官は1,2審の無期懲役に対して上告しました。その上告の中で、この事件ほど残虐な事件
はない、血を凍らせるほどの恐怖感を与える事件である、このような事件が死刑にならないとす
ると日本社会の秩序そのものが崩壊する、このような悪は根絶しなければならない、というように
主張しているわけです。根絶の手段は死刑だと。死刑は憲法が日本国民に保障している平和的
生存権に資するものだとまで言っているわけです。度を超した激しい論調といいましょうか、実に
冷静さを欠いた小児的な発言であって、検察の主張としても珍しいものですが、この主張は、被
害者の被害感情とその心底においてシンクロしている表現だと言っていいだろうと思います。従
来の検察官の死刑求刑では、死刑はできるだけ避けなければならないという死刑に対する謙抑
的な姿勢が表れているのですが、今回はそういう態度を完全にかなぐり捨ててしまっている。死
刑積極主義なわけです。
 次いで、検察官は、なぜこの事件が凶悪にして残虐であり、かつ社会を震撼させるのかという
二つの理由を挙げています。一つは、奥さんを強姦するために殺害した、しかもその殺害方法は、
馬乗りになって親指を喉仏に突き当てて親指が白くなるほど思い切り押さえる、それでも被害者
は死亡しなかったために、今度は両手で全体重をかけて絞めつけ続ける。しかもそのときには、
11ヵ月の女のお子さんが泣き叫んで、お母さんのもとに寄ってきているにもかかわらず、それを
見ながら絞め続けた。奥さんの手がバタンとカーペットの上に落ちたにもかかわらずなおも絞め
続けた。さらに、奥さんがすでに死亡しているにもかかわらず、あるいは死亡したことを確認して
いるにもかかわらず、両手をガムテープで巻き、口を塞いで、そして姦淫した。それも11ヵ月の子
どもさんの前でやった、ということでこれほど執拗にして残虐な行為はないんだというわけです
ね。それが第一の理由です。
 それから第二の理由は、奥さんを殺したあと、子どもさんが泣き続けるのに手を焼いて、子ども
さんを殺そうとして、頭上からカーペットの上に逆さまに力一杯叩きつけた。しかし、子どもさんは
死なず、お母さんの遺体にすがりつこうとしているしているのを引きはがして、今度は両手で首を
絞めた。それでも殺せないものだから、ポケットの中に持っていた剣道の籠手の紐を首に二重巻
きにして思いきり絞めた。そしてようやく殺すことができた。そのあと紐の両端を子どもさんの首の
部分で蝶々結びにした。そして子どもさんと奥さんを押入の中へ入れて彼は逃げ出した。これほど
残虐なことはないんだ、というわけです。
 私は過去にいろんな殺人事件を経験してきました。結果というのは、この事件に限らずたいへ
ん残虐でせい惨なものです。今回の場合は凶器が使われなかったものですから出血はありませ
んでしたけれども、凶器が使われた場面はもう一面血の海となります。内臓が飛び出し、脳漿が
飛び出していたり、無惨というほかありません。ましてや遺体がなかなか発見されないとなると、
遺体は遺体の形をなくして腐敗物に変わっていく。それが厳しい現実なわけです。
 ですから犯罪の跡というのはきわめて残虐であるし、そして目をそむけたくなるものであるわけ
です。しかし、一つ一つの事件がどうしてそこまで進んでいって、そういう状態をもたらしたのであ
ろうかということをたどっていくと、やはり人間が犯したものであるわけですから、そこにはその原
因があり結果があり、あるいは作用があり、反作用があり、そして拡大があり、あるいは連鎖が
あるわけです。決して結果を見て、物事が悪いように悪いように修飾されるものではない。です
から、検察官が一つ一つ取り上げて作り上げた物語というのは、小説の中に書かれているような
形でイメージされる凶悪さであるのですけれども、私たち、実務的な現場の人間、事件を取り扱っ
た人間からすると、本件だけがとりたてて残虐であるわけではないのです。実は、交通事故でも
遭難事故でも同じ様相を示しているわけです。この事件だけが取り立てて凶悪・残虐というの
は、結局、検察官のイメージであるわけです。

裁判から疎外された被告人

 私は、少年と今年の2月27日、広島拘置所で会いました。彼はたいへん幼かったというか、大
人ずれしていないというか、25歳になろうという年齢でしたが、見た目では中学生あるいは高校
生といっていいくらいの印象をうけました。容貌、相貌もそうでした。18歳1ヵ月で逮捕され、その
まま独居房に隔離されて身柄拘束されているわけですから、成長の機会が完全に奪われたまま
であることも確かです。もう一つびっくりしたのは、命に対する感覚がものすごく稀薄というんでし
ょうか、死んでもいいという感じなわけです。生きたい、死がこわいという感覚がおよそない。
それからもう一つは、自分が今どういう状況にあるかということについてほとんど無頓着といって
いいような感じでした。
 そのあと彼がいろいろと語ったこともびっくりする中身だった。一つは、1審、2審でいわれている
ようなことは私はやっていないということ。1審、2審では、彼は捜査段階を通してずっと事実を認
めてきたとされていたわけですね。もう一つびっくりしたのは、彼は自分の判決さえも見たことが
ない。自分の供述調書さえも見たことがない。つまり裁判に関する記録というのは検察官が1審
の無期懲役の判決を不服として控訴した控訴趣意書、それからさらに検察官が控訴審の無期判
決を不服として上告したときの上告趣意書、その2つの書面しか持っていない。ですから、何が裁
かれているかということよりも、そもそも裁判とは全然無縁なところに彼は置かれていたわけで、
そのこともまた驚きの一つだったわけです。
 これは皆さんがたぜひ知っておいていただきたいんですけれども、被告人と検察官は対等であ
るというようにいわれているわけですけれども、今回に見られるようにまったく対等ではないんで
すね。つまり、今回のように彼が自分に対する判決書を得るだけでも、A41枚につき60円のお金
がかかるんです。つまりお金を出さないと判決さえ見ることができない。それは他の記録でも同じ
です。裁判で何をしゃべったかという証人尋問調書があるわけですが、それもお金を出さないと
見られない。あるいは検察が証拠として出してきているものについては弁護人を通してしか見ら
れない。弁護人もそれを無料で手に入れることはできなくて、1枚40円の謄写費用をかけてよう
やく手に入れてそれをさらにコピーして差し入れてもらわないと被告人の手に届かない。自分が
裁判で何をしゃべったのか、あるいはあの証人はいったい何をしゃべったか、あるいは自分が捜
査段階でいったいどういう調書を取られたか、あるいは参考人は何と供述しているかということさ
え確認することができないのが今の刑事司法の状況です。被告人は徹底して不利な状態に置
かれており、裁判そのものからも疎外されているのです。弁護人がついていても弁護人なんて何
の役にも立たんわけです。自分は今どのような場面に置かれているかということを知らないまま
弁護人と面会したところで、弁護人と打ち合わせしようがないわけです。国選弁護人は、一部に
おいては謄写費用を認められるケースもあるんですが、基本的には謄写費用は認められないし、
ましてや被告人へのコピー代はまったく認められていません。ですからほとんどの場合、今回の
彼と同じように、記録も差し入れられないまま裁かれているというのが実情です。お金のない人
は裁判は闘えないのです。
 さらに1審、2審の弁護人は犯罪事実についてはほとんど関心がなかった、つまり彼に対して事
実を聞いていないんです。私からすると信じがたいことなんですが、実はこういうことはよくあり、
私が今までやってきた、たとえば北海道の晴山事件の1審はそうだったですし、あるいは木村修
治さんの名古屋の事件でも1審、2審はそうでした。弁護人が自分の依頼者に対して、いったい
どうしたの、どういうことだったの、どうしてそういうことになったの、ということを聞かない。「ここの
ところにこういうふうに自白したようになっているけれども本当にこんなことをあなたはやったの?
本当にあなたは最初から強姦するつもりでここの家に入ったの?なんで自分の家と2,300メート
ルしか離れてなくて、しかも同じ会社の社宅で、いつ顔を会わせるかわからないような所にどうし
てあなたは入ったの?白昼堂々面をさらして、しかも自分の勤めている設備会社のネームの入
った制服まで着て。まったく下見もしていないし、強姦といっても、脅し文句や凶器をまったく使用
していないじゃない。そのときカッターナイフを持っていたでしょう。どうして、それを使用して脅さ
なかったの。被害者ともみ合っても、その最中、着衣を脱がそうとしていないけどどうして。被害
者を姦淫した後、どうして逃げないで、子どもさんを泣きやまそうとあやし続けたの。どうして子ども
さんを殺してしまったの、一目散に逃げるのが普通でしょうに。軍手もしていないんだから、指紋を
拭くのも普通でしょう」と細かく細かく聞いていくんですけど、それらをまったくやっていないわけで
すね。

鑑定書の示す事実

 たとえば奥さんのほうの鑑定書に書いてある文字を図示すればこういう図になるわけです(本
書63ページ参照).。右頸部にこういう指の痕が残っているんですよ。
 上の方から見ていただくと、長さ3.2×幅1.0センチ、4.0×0.8センチ、6.0×1.0センチ、そして
11×1.3の蒼白帯が上から下に順番に並んでいるというわけです。しかも、それぞれ、左上がり
です。また左顎の下と、左側頸部には、親指大の表皮剥脱が一個ずつあるというのです。蒼白
帯というのは傷ではありません。みなさん、自分の手で腕を掴んでみて、放してみてください。指
先の痕が、真っ白になっているでしょう。これが蒼白帯です。皮膚の下には毛細血管があるわけ
ですから、押さえられると毛細血管がペチャンコになって血がほかに移動し、真っ白になる。蒼白
帯と蒼白帯の間に赤い部分が残っているでしょう。これは押し出された血液が溜まっている部
分、鬱血状態にある部分です。ところが10秒ぐらいですべて消えてしまいましたよね。なぜ消える
かというと、血圧があるから元に戻るわけです。ところが本件の場合、どうしてもとの状態に戻ら
なかったのか。それは、そのまま血圧がゼロになってしまったからです。つまりこれは死に至る痕
跡なわけです。つまりこの奥さんの亡くなったとき、頸部に圧力を加えたものはこれだったという
ことになるわけです。
 私どもの表皮というのは小さな細胞で出来ているものですから、これにちょっとの外力で表皮
剥脱が起こるんですね。激しい場合には革皮様化して茶色く変色したり、かさぶた状態になって
くるわけですが、さらに激しくなると断絶したりすることになります。そして表皮剥脱が起こると、多
くの場合は毛細血管がたいへん弱いものですから、毛細血管が破壊されて表皮剥脱の下に皮
下出血が起こるわけです。
 この4本の蒼白帯と2個の表皮剥脱は、何を意味しているのでしょうか。4本の蒼白帯は、上から
順に長さが長くなっており、一番下のものは、特に長くなっています。もう一度、自分の腕を握っ
てみてください。小指から順々に長くなり、人差し指の部分が一番長い蒼白帯になることがおわ
かりいただけますね。そうです、この4本の蒼白帯は、加害者が右手の逆手で被害者の首を絞め
た痕だったんです。それでは、親指に相当する部分は、どこにあるのか。それが、左顎と左側頸
部の表皮剥脱なのです。
 検察官が言い続けた、馬乗りになって両手で思いきり首を絞めつけ、全力を尽して、全体重を
かけて首を絞めたというのとは、まったく形が違うんです。検察官の主張であれば、左右の両側
頸部に順手の蒼白帯がなければならないのです。
2007,7,8 up

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