『絶歌』元少年A著 2015年6月 初版発行〈…「なぜ人を殺してはいけないのか?」に対する僕の「答え」〉

2016-03-07 | 神戸 連続児童殺傷事件 酒鬼薔薇聖斗

『絶歌』 「元少年A」著 株式会社太田出版 2015年6月28日 初版発行(発売;6月11日)
< 『絶歌』元少年A著 2015年6月 初版発行 〈毎年3月に入ると、被害者の方への手紙の準備に取りかかる。〉 の続き>
p280~
 落ち込むことは他にもある。自分と同年代の者や年少者が動機不可解な犯罪を起こすと、専門家が僕の事件を取り上げて、さも僕が悪の種子をばら撒いたようなニュアンスの物言いをする。言われても仕方がないことだとは思う。僕には反論する資格はない。僕には物を言う権利がない。だがどうしようもなく虚しく、悔しい気持ちにはなる。
 溶接工時代は小説を読むことに没頭したが、会社を辞めてからは、自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた。記憶の墓地を掘り返し、過去の遺骨をひとつひとつ丁寧に拾い集め、繋ぎ合わせ、組み立て、朧に立ち現れたその骨格に、これまでに覚えた言葉で丹念に肉付けしていった。法医学者が白骨死体から生前の姿を再現するように、(p281~)僕は自分の喪われた人生に、その抜け殻のような人生に、言葉でもう一度息を吹き込みたかった。そうすることでしか“生きる”ことができなかった。僕にとって「書く」ことは、自分で自分の存在を確認し、自らの生を取り戻す作業だった。(中略)そうして僕が最後に行き着いた治療法が文章だった。もはや僕には言葉しか残らなかった。
 居場所を求めて彷徨い続けた。どこへ行っても僕はストレンジャーだった。長い彷徨の果てに僕が最後に辿り着いた居場所、自分が自分でいられる安息の地は、自分の中にしかなかった。自分を搔っ捌き、自分の内側に、自分の居場所を、自分の言葉で築き上げる以外に、もう僕には生きる術がなかった。
 仏師が仏を彫るように、言葉の鑿で自己の物語を一彫り一彫り、地道にコツコツ削り出しながら、僕はあるひとつの問いを頭の中で反芻し続けた。
p282~
---なぜ人を殺してはいけないのか?----
 これは、僕が事件を起こした年の夏に、某ニュース番組の中で企画された視聴者参加型の討論会で、十代の男の子が発した問いだった。番組のゲストに呼ばれた作家やコメンテーターは、誰ひとりこの問いに答えられなかった。
 大人になった今の僕が、もし十代の少年に「どうして人を殺してはいけないのですか?」と問われたら、ただこうとしか言えない。

「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」

 哲学的な捻りも何もない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来十一年間、重い十字架を引き摺りながらのたうちまわって生き、やっと見付けた唯一の、僕の「答え」だった。
 どんな理由であろうと、ひとたび他人の命を奪えば、その記憶は自分の心と身体のいちばん奥深くに焼印のように刻み込まれ、決して消えることはない。表面的にいくら普通の生活を送っても、一生引摺り続ける。何より辛いのは、他人の優しさ、温かさに触れても、(p283~)それを他の人と同じように、あるがままに「喜び」や「幸せ」として感受できないことだ。他人の真心が、時に鋭い刃となって全身を斬り苛む。そうなって初めて気が付く。自分がかつて、己の全存在を賭して唾棄したこの世界は、残酷なくらいに、美しかったのだと。一度捨て去った「人間の心」をふたたび取り戻すことが、これほど辛く苦しいとは思わなかった。まっとうに生きようとすればするほど、人間らしくあろうと努力すればするほど、はかりしれない激痛が伴う。かといって、そういったことを何も感じず、人間であることをきれいさっぱり放棄するには、この世界は余りにも優しく、温かく、美しいもので溢れている。もはや痛みを伴ってしか、そういったものに触れられない自分を、激しく呪う。
 何度願ったかわからない。時間を巻き戻せたらと。まだ罪を犯す前の子供の頃の記憶が、たまらなく懐かしく愛おしい。あの頃に戻ってもう一度やり直したい。今度こそまともな人生を歩みたい。でもどんなに願っても、もう遅い。二度とそこに戻ることはできない。だからせめて、もう二度と人を傷付けたりせず、人の痛みを真っ直ぐ受け止め、被害者や、これまでに傷付けてしまった人たちの分まで、今自分の周囲にいる人たちを大事にしながら、自分のしたことに死ぬまで目一杯、がむしゃらに「苦悩」し、それを自分の言葉で伝えることで、「なぜ人を殺してはいけないのですか?」というその問いに、僕は一生答え続けていこうと思う。
p284~
「人を殺してはいけない理由」を問う少年たちに、この苦しみを味わわせたくない。

  *強調(太字・着色)は来栖
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