子どもは<成長するのは、いつか感謝の言葉を伝えるため>であり、母は<感謝の言葉を聴き留めてくれるため>にいる2016.12.15

2016-12-15 | 日録

2016.12.15 05:03更新
【産経抄】旧満州から脱出中だった藤原ていさんの壮絶なエピソードから思うこと 12月15日
 3人の幼児に与える食べ物がなくなり、物乞いまでした。昭和20年、旧満州から脱出中だった藤原ていさんの、壮絶なエピソードを先日のコラムで紹介した。幼い娘は、背中で泣き声をたてる元気も失っていた。
 ▼「とにかく私の手で、何かを与えなければならない。一杯のみそ汁を、あるいは一合の牛乳を」。先月98歳で亡くなった藤原さんは、『流れる星は生きている』に書き残している。
 ▼飽食の日本で母親たちは、当時とは異なる闘いを強いられている。食物アレルギーのある子供に、牛乳など原因となる食品を誤って与えると、時に重い症状を起こす。目の届かないところで口にする恐れもある。気が抜けない毎日が続く。
 ▼千葉県流山市に住む35歳の母親は、牛乳アレルギーと知りながら、5歳の長女に牛乳を飲ませた。苦しむ姿を見て119番した母親は、殺人未遂容疑で警察に逮捕された。幸い長女は病院で快方に向かっているという。
 ▼「面倒見きれない」。母親はこれまで何度も、児童相談所や警察署に相談を持ちかけていた。手をさしのべる手立てはなかったのか。父親は一体どこで何をしているのか。疑問はいくつも思い浮かぶ。ただ子供にとって、母親ほど頼りになる存在はない。そんな信頼を裏切ってしまった。弁護する言葉は見当たらない。
 ▼昨日の「朝の詩」欄に載った詩は、「ある日」と題されていた。多くの母親が共感を覚えたはずだ。棚に差し込んだままの雑誌から、ひらりと何かが落ちた。30年前の娘さんのたどたどしい文字が、目に入る。「おかあさんありがとう」。子供は母親の苦労を知っている。成長するのは、いつか感謝の言葉を伝えるためだ。若い母親は、その「ある日」を待てなかったのか。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です *強調(太字)は来栖
...............
〈来栖の独白 2016.12.15 Thu 〉
>成長するのは、いつか感謝の言葉を伝えるためだ。
 大いに同感。何年前からだろう、私は母の人生を思わないではいられない。娘である私に打ち明けて話すことのできなかった部分も多かった母の人生、胸の裡を思う。
 岡山の老人のホームにいて介護を受けて生きる現在の母。胃瘻となって、丸5年を経過した。先週も母を見舞いに帰省した。部屋のドアが開く気配に、そちらに顔を向ける母。私の顔から眼を離さない。食べることが何より好きだった母。胃瘻となった。様々に考える私。しかし、昨年頃より、母が生きているのは(生きていてくれるのは)、私の「お母さん、ありがとう。私の人生は、ぜんぶお母さんのお陰。お母さん、ありがとう」を聴き届けてくれるためであると思うようになった。
 母が私の人生を形成してくれた。気難しい私だが、そんな私が生きてゆけるようにしてくれた。「母子家庭で」というような簡単な言葉では表現できない。母の、それこそ「海よりも深い」愛があって、私の人生がある。
 ありがとう、お母さん。
 子どもが<成長するのは、いつか感謝の言葉を伝えるため>であり、母は<感謝の言葉を聴き留めてくれるため>にいる。どこまでも、大きな母である。
.......


1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
感動 (中森鬼乱)
2016-12-15 22:05:02
母が、子を慈しみ、子が成長して母に感謝すること。。。。。☆
まことに、人としてあるべき姿です。
本当に感動いたしました。
クリスマスを前にした、すばらしいブログです!
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。