反骨の弁護士が見た戦後
ひまわりと羊 第五部 罪と罰
(1)強盗殺人 記録に違和感
2022年8月25日 中日新聞
被害者の遺体が見つかった現場を調べる捜査員ら=三重県四日市市内で(1975年4月2日撮影)
「強盗殺人の点につき被告人は無罪」
一九七八(昭和五十三)年五月十二日、津地裁四日市支部。四十歳を前にした弁護士内河恵一(よしかず)(83)は、青果商の男性を殺害し、現金を奪ったとして強盗殺人などの罪に問われた被告の男性の弁護席に座っていた。判決を言い渡す裁判官の声に胸をなで下ろした。
四日市公害訴訟や名古屋新幹線公害訴訟など民事事件を主戦場にしてきた内河。50年以上にわたる弁護士人生の中、深い印象を残す刑事事件の発端は判決から3年前にさかのぼる。
75年4月、三重県四日市市内の道路脇に止めてあった軽トラックから、青果商の男性が刃物で全身をめった刺しにされて死亡しているのが見つかった。現金85万円がなくなっており、警察は強盗殺人事件として捜査を開始。約2か月後、被害者とつながりがあり、現場近くに住む不動産業の男性が別件の詐欺容疑で逮捕された。
それから10日後、「借金を申し入れたが断られ、殺した」と自白したとして強盗殺人容疑で再逮捕された。弁護を担当したのは、名古屋新幹線公害訴訟の弁護団をともにした友人。その依頼で、内河は弁護団に加わることになる。
事件の記録を読むと、すぐに違和感を抱いた。
判決では、この調書は「傷を負った者(被害者)がその場から逃げ出すことを考えず、交番へ行こうというのはあまりにも不自然」などと指摘されることになる。逮捕された男性はほかにも捜査段階の調書をことごとく否定し、法廷で無罪を主張した。内河ら弁護団は冤罪を確信し、公判で警察のずさんな捜査を明らかにしていく。
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強引な捜査で無罪判決が出た「四日市青果商殺人事件」、犯行当時19歳の少年が主犯とされた「大高緑地アベック殺人事件」。内河が関わった二つの刑事事件を通じて、今に続く司法の問題点を考える。(文中敬称略)
この連載は吉光慶太が担当します。
◎上記事は[中日新聞 2022.8.25 Thu.]からの書き写し(=来栖)