「菅」より「官」=発事故混乱の責任/民間事故調報告の本質/ 「幹部は死んだっていい。俺も行く」菅首相

2012-03-15 | 政治

原発事故混乱の責任は「菅」より「官」 霞が関の対応「受け身で存在感希薄」「東電の御用聞き」
中日新聞 《特 報》  民間事故調報告の本質 2012/3/15 Thu.
 福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)が先月末、公表した調査・検証報告書。事故直後、混乱した政府対応の問題点として、菅直人前首相の「性格」を挙げた。この点を根拠に、にわかに「菅叩(たた)き」が起きた。だが、冷静に報告書を読むと、最大の問題はそこにはない。問われたのは、情報を官邸に上げなかった経済産業省原子力安全・保安院幹部をはじめとする官僚たちの対応だった。(小栗康之)
■菅氏の評価も
 先月28日に記者発表された報告書では、事故直後の菅氏の行動が生々しく描かれている。たしかに一国の首相としては奇異に映る部分もある。
 たとえば、昨年3月11日夜、東京電力福島第一原発に電源車を手配するシーンだ。菅氏自身が秘書官に「どこに何台あるか私に教えろ」と直接指示。「警察の先導車をつけてはどうか」「まだつかないのか」と言い、秘書官らが「後は警察にやらせますから」と述べても、「いいから俺に報告しろ」とこだわったとある。
 代替バッテリーの必要性が判明した時には「必要なバッテリーの大きさは? 縦横何メートル? 重さは? ヘリコプターで運べるのか」と電話で担当者に質問、自身で熱心にメモをとっていたとの記述もある。「俺の質問にだけ答えろ」といった発言も飛び出していた。
 報告書は、こうした事例を踏まえ、「菅首相の個性が政府全体の危機対応の観点からは混乱や摩擦の原因ともなった」と指摘している。
 つまり、①どこまでの判断を自分がすべきか、なにを閣僚や事務レベルに任せるかの検討をしていない②他人に対して「強い態度で自分の意見を主張する傾向」があり、関係者に「心理的抑制効果」が出た-という点が問題視された。
 しかし、報告書は菅氏にすべての責任を負わせているわけではなく、むしろ高く評価している部分も少なくない。
 強い自己主張は「危機対応において物事を決断し、実行するための効果という正の面」があったとし、「判断の難しい局面で菅首相の行動力と決断力が頼りになったと評価する関係者もいる」とも紹介している。
 「首相がこうしたトップダウンスタイルで12日早朝に福島第一原発への視察を強行したことが、その後の官邸による現場関与が深まっていく原動力となった」と絶賛している部分さえある。
 報告書は菅氏を断罪するトーンでは書かれていない。にもかかわらず、報告書が菅氏の対応を激しく批判しているという解釈が拡大。従来の「イラ菅」のイメージや一部報道も手伝ってか、「菅(前首相)の存在が事故悪化の根源だ」といったムードが広がった。
 菅氏自身は報告書について「私が東電撤退を拒否し、政府と東電の対策統合本部を設置したことを公平に評価している。ありがたい」とコメントした。自分の言動を批判する部分については、特に反論していない。
■情報を上げず
 「報告書では東電や官僚などが首相に対し、情報を上げていないことが記されている。報告書を曲解し、事故の悪化が菅氏の性格によってもたらされたとし、その分、東電や官僚が免罪されるような解釈はおかしい」
 東電会見に継続して出席し、事故の真相究明に取り組んでいる日隅一雄弁護士は報告書を報じるメディアの視点について、こう異議を唱える。
 日隅弁護士によると、報告書から読み取れる重要なポイントは、官僚側が備えておくべき危機マニュアルの想定の不十分さ、東電と保安院の対応のお粗末さ、首相官邸サイドの東電と保安院に対する不信だという。
 例えば、東電は事故発生直後、首相官邸サイドのベント指示に対し、即座に対応しなかった。報告書によれば、その理由を官邸側がただした際、東電は説明抜きで「わからない」とだけ答えたという。東電と福島県がベントのために住民避難の終了を待っていたことについても、官邸側には伝わっていなかった。
■冷静なら悪化
 報告書は、官僚について「初期段階において、保安院を中心とする霞が関の官僚機構の対応は総じて事後的・受け身なものであり、存在感は希薄だった」と指摘。「東電、保安院、原子力安全委員会の間の平時からの情報共有の不十分さが認められる」と分析している。
 こういう状態ならば、首相自身が積極的に情報を得たがるのは無理もない。日隅弁護士は「原発事故という危機の中、首相が責任を持って対応しなければならないと思うのは当然だ。情報が来なければ、頭に来る。『冷静な対応』をしていれば、事態はもっと悪化していただろう」と話す。
 部下に対し、必要以上に事細かく指示し、情報を求める「マイクロマネジメント」は部下の士気低下につながるとされる。トップが官僚に任せず、すべてに口を挟むようなことも効率的ではない。しかし、これは部下がトップに従うことを前提にした議論。政治主導、官僚支配打破を訴えてきた首相と官僚側の関係は当時、最悪といえた。
 歴代政権では、故・橋本龍太郎元首相も詳細な情報提供を求める癖があり、官僚側に「課長級首相」と煙たがられたこともある。だが、それで大きな失態につながったことはない。官僚の発言をうのみにしたり、言動が大きくブレる首相よりましかもしれない。
 報告書にはバッテリーの大きさなどを質問する首相を見て「同席者の一人は『首相がそんな細かいことを聞くというのは、国としてどうなのかとぞっとした』と述べている」との記述がある。
 証言したのは、内閣審議官の下村健一氏。この記述について、細かいことを聞きすぎる菅氏に対し、官邸内でも危機感が出ていたことを示す証言だ、という解釈が支配的だった。
 しかし、報告書の公表後、下村氏は自らツイッターで「そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、(中略)ぞっとした」という解釈が真意だと説明している。
■批判は的外れ
 結局、事故を過酷化させた責任は当事者の東電に加え、「(東電に)事故の進展を後追いする形で報告を上げさせる、いわば『ご用聞き』以上の役割を果たすことができなかった」(報告書)とされる保安院など、原発推進官庁の官僚側にあったといえる。「菅叩き」はそうした問題の本質を覆い隠しかねない。
福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)
 政府や国会の事故調査とは別に、民間の立場から福島第一原発事故と政府の事故対応を調査・分析した。財団法人「日本再建イニシアティブ」の事業で、委員長は北沢宏一・前科学技術振興機構理事長。約30人のワーキンググループが昨夏以降、政治家、官僚ら約300人を対象に聴取、報告書にまとめた。東京電力は聴取に応じなかった。
<デスクメモ>
 3・11から一年。原発は再稼働が焦点になっている。従来、この種の判断は利益相反のオンパレードで「いかさま賭博」に等しかった。福島の事故後も構造は変わらず、保安院や原子力安全委員会が評価を扱っている。そこで再浮上した前首相バッシング。再稼働への情報操作とみるのはうがちすぎか。(牧)
==================================
テレビ会議の録画が存在=菅前首相の演説も―国会事故調に開示・東電
WSJ Japan Real Time2012年3月15日9:29 JST
 東京電力福島第1原発事故で、東電は14日、事故当日の昨年3月11日以降、本社と福島第1、第2原発を結ぶテレビ会議システムでのやりとりを録画した映像があることを明らかにした。同社は国会の事故調査委員会の要請を受け、委員に一部を見せたが、「社内資料なので一般への公開はしない」としている。
 東電によると、映像は昨年3月11日以降、福島第2原発で録画されたものと、同12日以降、本社で録画されたものがある。録画は断続的で、音声がないものもあるという。同15日早朝に菅直人首相(当時)が本社に乗り込み、第1原発からの撤退を認めないとした映像も残っていたが、音声は記録されていなかった。
 東電の松本純一原子力・立地本部長代理は14日の記者会見で、「自動的な録画機能はなく、組織的に録画を残していたわけでもない」と説明。いつまで録画をしていたかも不明とした。 
[時事通信社]
-------------------
幹部は死んだっていい俺も行く 菅首相、原発危機的状況で東電に
 中国新聞'12/3/15
 水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。
 菅氏の東電訪問は政府の事故調査・検証委員会の中間報告などでも触れられているが、記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。
 記録によると、本店2階の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。「このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなり、どういうことになるのか皆さんもよく知っているはず」と強い危機感を示した。
 さらに「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と迫った。
 東電の事故対応について「目の前のことだけでなく、その先を見据えて当面の手を打て」「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」と、改善を求めた。
 15日未明の段階では、2号機も水素爆発の恐れがあった。状況説明に対し、菅氏が「何気圧と聞いたって分からないじゃないか」といら立つ場面もあった。
 菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て「大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と指示、勝俣恒久かつまた・つねひさ会長ら東電トップと対応を協議した。
 菅氏が撤退を踏みとどまるよう求めた発言と、対策統合本部の設置について、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は「(危機対応として)一定の効果があった」と評価している。
 今月14日の国会の事故調査委員会では、菅氏の東電訪問時の映像(音声なし)が残っていることが明らかになった。


2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (rice_shower)
2012-03-15 22:42:42
大鹿靖明著『メルトダウン』を読んで(本エントリーの内容がほぼ網羅されています)、あの時期、菅氏に対する侮蔑、嫌悪感、絶望感から、私自身あざとい経産省官僚の思惑、世論誘導に乗せられていたのかも知れないと反省させられました。
浜岡停止すらが経産省の書いたシナリオだったとは.....。 
ただ、菅氏への不信、不信頼は揺るぎませんが。
返信する
Unknown (ゆうこ)
2012-03-16 17:49:05
>浜岡停止すらが経産省の書いたシナリオだったとは.....。
 「設備投資」して廃炉はあり得ませんからね。「俺(経産省)はやる」ってことですね。
>ただ、菅氏への不信、不信頼は揺るぎませんが。
 同感です。詐欺師、卑劣漢ですね。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。