心に残っている名作。
「舞姫」
これは高校生の時に読んだ。正しくは読まされた。国語の授業で。
で、感想文を書かされた。私は、痛烈に批判したことを覚えている。
太田豊太郎を。
彼は、官僚としてドイツに留学する。
法律の専門家のはずなのだが、実は関心がない。親の言う通り、上司の言う通りにしてきただけで。
海外に出て、遅れてきた反抗期。学問が進まなくなり、免官されてしまう。
同時並行に起こっているのがエリスというドイツ娘のこと。
彼女は泣いていた。太田が声をかける。異国人ならでは助けれれることもあるべしと。
彼女の父親が亡くなっていた。葬式を出すお金がないという。劇場でこき使われてもいた。彼は彼女を助けようと彼女の家に入る。
そこで時計を渡す。これを質に入れて凌ぎなさいと。
彼女とのことはそれで終わらない。彼のことをよく思っていない留学組に告げ口などもされてしまう。
免官になって、さらに悪いことに、彼の母親が亡くなったと日本から知らせが入る。豊太郎の父も早くに亡くなっていた。
この窮地を救ったのがエリスでもあった。このとき、二人は深い仲となり、ほとんど同棲生活。
学費を絶たれた太田に仕事の斡旋をしたのが友人の相沢。新聞社の現地特派員として執筆を依頼。
つつましくもしあわせな時間がしばし流れる。この間に、太田とエリスは子を授かる。
相沢とともに、彼が仕える大臣がドイツに来て、話は急展開。
太田の語学力が見込まれて、大臣とともにヨーロッパを回る。そして一緒に日本に帰ろうと誘われる。
で、太田の良い子ちゃんが出る。即座にイエス。
しかし彼は煩悶する。悶絶する。寒い雪の中ほっつき回り、家に帰ったらそのまま倒れ、寝込んでしまう。
自分からエリスに別れを切り出すことができなかった。別れたくもなかった。でも大臣にイエスしてしまった。
エリスは心から自分を頼り、裏切らないでと訴えてもいる。おまけにお腹には赤ちゃんがいる。
うなされて寝込んでいる間、相沢がエリスの家にやってきて、非情にも太田は日本に帰るんだと伝える。
エリスは切れてしまった。太田が目覚めたとき、心を病んだ彼女は別人になっていた。
太田は帰国の船の中で、どうしようもない以上の体験を書きつけた、という話。
締めにこう書いている。
ああ、相沢兼吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。 35頁12行−13行
お前のやらかしたことなのに友を恨むのかよ。
で、非難轟々。発表当時からも評判はすこぶる悪かったそうです。
でも。思う。これが鴎外の第一作。25年後に発表された「山椒大夫」も、底では通じているものがある。
それは救えないものを救おうとする意思。鴎外は軍医でもあった。なんとか救いたかったけど力及ばなかったもの、はかなく犠牲になったもの、歴史には残らないけど自分の心には残っているもの、大事に思うもの、人々を文章で掬おうとしたのだと。
太宰治が森鴎外の墓の近くに埋めてくれと願ったほど心酔していたのも、今回の再読で腑に落ちました。
40過ぎて「舞姫」を読むと、太田だけを批判する気は湧いてきません。高校生の時は、作者の鴎外と太田を同一視して、鴎外嫌いになってしまったのですが、全く的を得ていなかった。純粋な優しさというのもわかるし、上司に逆らえないイエスマン気質もわかる。両親を失った孤独感というのは並大抵ではないでしょう。エリスと抱き合って、温め合って、何も悪いことはない。二人が別れざるを得なかった悲劇こそ描かざるを得なかった。そしてタイトルは「太田豊太郎」じゃなくて「舞姫」。鴎外は女性を偏見なく見ようとした。この「舞姫」があったからこそと言えるのかもしれません。
後収めれらているのは「うたかたの記」「文づかひ」「そめちがへ」「ふた夜」。驚くのは文体の違い。一作ごとに試行錯誤しているのがわかります。
エリスの悲しみ、嘆き、絶望。豊太郎の悩み、未確立な自己の揺れ、男社会への適応。そして、二人にあった確かな愛。
やっぱり心に残っている。答えなどない。出せない。だからこそ、文学。いつまでも残り、私たちを支えている。
森鴎外 著/岩波文庫/1981
「舞姫」
これは高校生の時に読んだ。正しくは読まされた。国語の授業で。
で、感想文を書かされた。私は、痛烈に批判したことを覚えている。
太田豊太郎を。
彼は、官僚としてドイツに留学する。
法律の専門家のはずなのだが、実は関心がない。親の言う通り、上司の言う通りにしてきただけで。
海外に出て、遅れてきた反抗期。学問が進まなくなり、免官されてしまう。
同時並行に起こっているのがエリスというドイツ娘のこと。
彼女は泣いていた。太田が声をかける。異国人ならでは助けれれることもあるべしと。
彼女の父親が亡くなっていた。葬式を出すお金がないという。劇場でこき使われてもいた。彼は彼女を助けようと彼女の家に入る。
そこで時計を渡す。これを質に入れて凌ぎなさいと。
彼女とのことはそれで終わらない。彼のことをよく思っていない留学組に告げ口などもされてしまう。
免官になって、さらに悪いことに、彼の母親が亡くなったと日本から知らせが入る。豊太郎の父も早くに亡くなっていた。
この窮地を救ったのがエリスでもあった。このとき、二人は深い仲となり、ほとんど同棲生活。
学費を絶たれた太田に仕事の斡旋をしたのが友人の相沢。新聞社の現地特派員として執筆を依頼。
つつましくもしあわせな時間がしばし流れる。この間に、太田とエリスは子を授かる。
相沢とともに、彼が仕える大臣がドイツに来て、話は急展開。
太田の語学力が見込まれて、大臣とともにヨーロッパを回る。そして一緒に日本に帰ろうと誘われる。
で、太田の良い子ちゃんが出る。即座にイエス。
しかし彼は煩悶する。悶絶する。寒い雪の中ほっつき回り、家に帰ったらそのまま倒れ、寝込んでしまう。
自分からエリスに別れを切り出すことができなかった。別れたくもなかった。でも大臣にイエスしてしまった。
エリスは心から自分を頼り、裏切らないでと訴えてもいる。おまけにお腹には赤ちゃんがいる。
うなされて寝込んでいる間、相沢がエリスの家にやってきて、非情にも太田は日本に帰るんだと伝える。
エリスは切れてしまった。太田が目覚めたとき、心を病んだ彼女は別人になっていた。
太田は帰国の船の中で、どうしようもない以上の体験を書きつけた、という話。
締めにこう書いている。
ああ、相沢兼吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。 35頁12行−13行
お前のやらかしたことなのに友を恨むのかよ。
で、非難轟々。発表当時からも評判はすこぶる悪かったそうです。
でも。思う。これが鴎外の第一作。25年後に発表された「山椒大夫」も、底では通じているものがある。
それは救えないものを救おうとする意思。鴎外は軍医でもあった。なんとか救いたかったけど力及ばなかったもの、はかなく犠牲になったもの、歴史には残らないけど自分の心には残っているもの、大事に思うもの、人々を文章で掬おうとしたのだと。
太宰治が森鴎外の墓の近くに埋めてくれと願ったほど心酔していたのも、今回の再読で腑に落ちました。
40過ぎて「舞姫」を読むと、太田だけを批判する気は湧いてきません。高校生の時は、作者の鴎外と太田を同一視して、鴎外嫌いになってしまったのですが、全く的を得ていなかった。純粋な優しさというのもわかるし、上司に逆らえないイエスマン気質もわかる。両親を失った孤独感というのは並大抵ではないでしょう。エリスと抱き合って、温め合って、何も悪いことはない。二人が別れざるを得なかった悲劇こそ描かざるを得なかった。そしてタイトルは「太田豊太郎」じゃなくて「舞姫」。鴎外は女性を偏見なく見ようとした。この「舞姫」があったからこそと言えるのかもしれません。
後収めれらているのは「うたかたの記」「文づかひ」「そめちがへ」「ふた夜」。驚くのは文体の違い。一作ごとに試行錯誤しているのがわかります。
エリスの悲しみ、嘆き、絶望。豊太郎の悩み、未確立な自己の揺れ、男社会への適応。そして、二人にあった確かな愛。
やっぱり心に残っている。答えなどない。出せない。だからこそ、文学。いつまでも残り、私たちを支えている。
森鴎外 著/岩波文庫/1981
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