長かった。522ページ。しかし、この分厚さを持って通勤するのも苦にならないほど面白かった。
設定がすごい。ある女が、ある男を縄で縛りあげている。身動き取れない男に、注射一本で殺せる絶対的優位を保ちながら、女は、私を楽しませる話をしろと迫る。
私を感動させなかったなら、あなたは死にます。生きるに値しないから。
命乞いのための物語。それは千夜一夜物語にあった。
その現代版というのでしょうか。
一人の男が不合格となり消される。次の男も同じ運命を辿るのかと思いきや、水を得た魚のように語りは止まらない。
女も引き込まれていき、続きを聴きたいがために、男を殺すことができなくなっていく。
男の語りは、登場人物の出会う人が語る形でどんどん広がる。
恋の媚薬によってイルカと女が愛し合い、魔法の絨毯とランプを思わせる話があり、星工場の推進派と反対派の寝返り工作合戦があり。
途中から、この果てしなく続くと思われる物語が、どのように収束するのかが気になり始めた。
ラスト知りたさに読むというのでしょうか。
そして。
具体的には書きませんが、そうか、そういうところに落ちるのかと納得した。
とてもシンプルなのですが、そこに行くための長い物語だったのだ、それだけの長さと時間と関わりが必要だったのだと、すとんと落ちた。
物語は夜にしか語られない。十分に夜を生きることが、昼を生きるためにも必要なのだと思った。
電気を落とし、真っ暗闇の中で、物語は初めて生きる。
宇宙は漆黒なのであって、光はほんの一握りしかない事実にも目が開きました。
それにしても、先がわからないからこそ面白いのだと改めて思った。
私はかなりのゲーマーで、マリオやスペースインベーダーやドラクエやファイナルファンタジーやパワプロやスーパーファイヤープロレスリングや、その他その他……。
かなりやってました。小学校になったころファミコンが出始めだったこともあり。
今思えば、その時間、読書してればと悔やむのです。
が、さんざんやってわかったことが一つだけあった。
それがわかって、ゲームをしなくなった。本の方が面白いと思うようになった。
それは何か。それはスポーツにも人生にも通じていることだと思うのですが。
ゲームは、プログラム以上には決してならない、ということ。
誰かが作ったもの以上に私はなれない、ということ。
わかっちゃっている世界でしか遊べない、ということ。
既視感というか、閉塞感というのは、どこかでわかっちゃっていることに根があるのではないでしょうか。
いや、本当はそうじゃないんだよと、この小説は感じさせてくれました。
星野智幸著/講談社/2014
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