泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

エリクソンの人生

2006-11-13 12:01:42 | 読書
 やっと読み終えました。三ヶ月近く、この本、というか、エリクソンという臨床家にして芸術家と向き合っていたと言えるのかもしれません。
 とりあえずは確かに読み終えたのですが、何も終わってはいない。これからもエリクソンは、しばしば私を鍛え、ときにユーモアで笑わせ、豊かに包むでしょうから。「エリクソンの人生」は、読めば読むほど、広くて深い洞察や発見をもたらしてくれます。例えば、「内なる他者を理解することが、異文化共生の鍵だ」とか、「セラピストとして大事なのは、クライアントの強さを引き出すことだ」など。
 エリク・ホンブルガー・エリクソンをご存知でしょうか? デンマークで私生児として生まれ、ドイツ人のユダヤ人養父との葛藤を抱え、父親を求め続け、ウィーンでアンナ・フロイトの分析を受け、アメリカに渡り、家族の同意を得てエリクの息子という意味のエリクソンに改名し、「アイデンティティー」を製作、また体現した人です。「アイデンティティー」を知らない人はいないでしょう。それは彼自身が混乱や放浪を経て、生み出した概念だったのです。
 セルフメイドとも言われますが、「アイデンティティー」の確立には、他者との交流が欠かせません。それを確かにするのは、社会との絆であり、職業上の忠誠が基礎にあります。フロイトが個人的無意識の掘り起こしを重視したのに対し、エリクソンは社会の中でのつながりを重視した。この本を読むと、彼が、特に妻のジョアンや友人たちといかに共同して生活してきたかというのがわかります。
 彼の主張で、アイデンティティーとともに、強く私に響いた概念の一つに、生成継承性(generativitiy)があります。それは成人期のテーマで、次世代の子どもたちを慈しみ、育て、気遣うことです。それと対にあるのが停滞。僕がまた成人期に入ったからということもありますが、今の日本で、一番の課題となっているのは、生成継承性なのではないでしょうか。小中学生の自殺、いじめ問題が端的に表しています。弱い、これから花の咲く子どもたちを、なぜかつての子どもたちは、愛することができないのでしょう。できなくなってしまったのでしょう。
 今の僕には、エリクソンからこれくらいのことしか書けません。ただ、はっきりしたのは、私はエリクソンという臨床家が大好きだということ。それはちょうど、私が詩人、小説家としてヘルマン・ヘッセが大好きなのと同じように。二人に共通しているのは、一言で言ってしまえば純粋性なのではないでしょうか。苦しみ、もがき、戦争に巻き込まれながらも自分を保ち、成長させ続けた。その自身の耐え難い経験を、芸術で昇華させた。患者や読者を、何よりも大切にした。また女性の支えがないと生きてゆけないところも共通しているのかな。それは、まったく、僕もしかりです。
 最後に一つ、書き添えたいことがあります。それは、フロイトが、「人間にとって大切なことはなんでしょう?」という意味合いの質問を受け、応えたものです。質問者は、深遠な答えを期待していたようです。が、「仕事をすることと愛することだ」という、簡単明瞭な言葉が返ってきたのです。エリクソンもまた、この言葉をとても気に入っていたようです。僕もまた、何度も何度も思い出します。
 「仕事をすることと愛すること」
 それしかありません。

ローレンス.J.フリードマン著/やまだようこ、西平直監訳/新曜社/2003 
 

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