朝4時半。
ガイドさんの自己紹介のあと、車内灯の元で誓約書を記入。
また、荒川登山バスのバス料金(1700円)が集金される。
ワンボックスカーに乗り込んだのは、ガイドさんのほか私を含め5人。
私は助手席に。
後部座席には、若い女性が4人座った。
この人たちが今日のパーティのようだ。
女性同士で自己紹介が始まって、兵庫の女性3人組、福岡のひとり旅の女性だということを知る。
街灯もなく、深い闇の中、ライトバンは疾走する。
ガイドさんから登山前行動の説明を受けながら30分ほど走り、着いたのは荒川登山バスのバス乗り場(暗いので未確認だが、おそらく屋久杉自然館)。
縄文杉トレッキングの入り口である「荒川登山口」へ、冬季を除き一般車両は乗り入れられないからだ。
駐車場に車を止め、バス停へ。
荒川登山バス乗り場には、すでに30人ほどが列を作っていた。
最後尾に並びながらも、朝の5時に忽然と現れたこの集団に当惑する。
次々と駐車場から人がやってきて、整然と列をつくる。
集団は徐々に増え、50人ほどになったころだろうか。
クラクションが鳴り、登山バスがやってきた。
補助席までフル稼働で人を詰め込み、バスは登山口へ。
登山口に着き、バスから降りる(時計がなかったのでわからないが、おそらく5時半ごろ)。
まだ周囲は暗いが、人が行き交い、非常に活気がある。
待合室で朝食を摂る。
たぶん、20~30人が待合室で、立ったまま、あるいは床に座り込み、思い思いの場所で弁当を広げていた。
おにぎり弁当を食べようとしたら、ほかのパーティを率いるガイドさんが
「普通の弁当をいま食べるんだよ。おにぎりは食べやすいから後!」
とアドバイスしているのを聞いて、なるほど、登山弁当のほうを食べることにした。
ご飯、焼き魚、唐揚げ等々ボリューム満点。
疲れているとしつこいかもしれない。
それからトイレを済ませる。
ガイドさんからトイレはしつこく薦められる。
このあと1時間半はないそうだ。
そして準備体操(笑
これはほぼすべてのガイドが実施するようで、登山口駐車場のあちこちに輪ができて、体操が始まる。
出発。
往復10時間のトレッキング開始だ。
ただ片道5時間中、3時間は平坦なトロッコ道。
縄文杉前の2時間が登山道なのだそうだ。
天気予報は曇り。
歩き始めるとともに夜が明け始めた。
足元はなんとなく確認できるので、どうやらヘッドライトは必要なかったようだ。
女性陣は登山口の看板で早速記念撮影をしている。
(混ぜてもらって1枚。)
その際、ガイドさんから撮影の注意事項が。
一本道なので、撮影する場合は脇に避けることがマナーらしい。
登山口の入り口にいきなりトロッコの線路が現れ、どこまでも続く。
枕木を踏みながら歩くので、足の裏の負担が大きい。
ガイドさんはストックを用い、一定のペースで進んでいく。
ついていくのが精一杯なスピード。
しだいに、水墨画が浮かび上がるように山並みが明らかになっていく。
しかしながら、パーティは進み、のんびり眺めている余裕はない。
時折ガイドさんは一行を止め、屋久島の地質・気候や、屋久杉の特徴などについて解説してくれる。
それ以外は歩く。
しばらくすると枕木の上に踏み板が敷かれ、歩きやすくなっていた。
私自身はほとんど喋らなかったが、兵庫の女性3人組のリズミカルなやり取りを聞いているだけで、心が和んだ。
また、福岡の女性は話を聞くとひとり旅に慣れているそうで、私が足を滑らせるたびに「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたり、非常に頼もしい印象。
ちなみに今回の屋久島、見たところ登山客のおよそ半分が若い女性(20代~30代)だった。
昔ダイビングや海外旅行をしていた女性たちが、最近はこういうところに旅行に来ているのかもしれない。
もっと年配のご夫婦などがたくさんいる光景を想像していたけれども、それが1/4くらいで、あとはカップルやひとり旅の男性が。
母娘らしい組み合わせもちらほら。
大学生の集団もいて、大声でクイズを出し合いながら、猛烈なスピードで追い抜いていった(女子が9割の集団だった)。
歩いていて気になったのは、人の多さだ。
50~100メートルおきくらいにグループが点在している。
たとえば三代杉など有名な屋久杉の前では、解説と記念撮影タイムが設けられるのだが、撮影の最中には次のグループがベストポジションの手前で待機している。
ウィルソン株など時間のかかる場所は、撮影の順番待ちの列が。
私自身は記念撮影などどうでもいいのだが、あとで思い出すために屋久杉や気にいった風景をコンデジで撮りながら歩く。
それにしても人が多くて落ち着かない。
休憩は一行の疲れ具合や、気温の変化を捉えながら、ガイドさんが入れていく。
ちなみに途中トイレ休憩は2回あった。
縄文杉までの登山道で、最後のトイレは大株歩道入口にある。
ここから往復3時間はトイレがないので、再度トイレに行くことを推奨される。
トイレにはもちろん、女性の長い列ができる。
ちなみにトイレのそばには大抵湧水を引いたホースがあって、そこから水を汲み飲用にすることができる。
湧き水はほかにもたくさんのところにあり、ペットボトルが1本あれば、水に不自由することはない。
難所は縄文杉手前の2時間で、大株歩道入口を過ぎてから。
ガイドさんの表現だと、地獄の1丁目~3丁目+1だそうな。
ここはたしかにいわゆるかなり厳しい“登山道”で、滑るし、上り下りが激しい。
体力的につらいという場面はなかったが、足が滑って背中から倒れたり、着地で足首をひねったりするなど、冷やりとする瞬間は何度もあった。
10時半ごろ。
昼食。
縄文杉の直前まで来ている。
登山道から外れ、休憩用に使えるスペースで弁当を使う。
ガイドさんが温かい味噌汁を用意してくれて、ありがたかった。
このあたりは標高が高いせいか、動いていないと体が冷えて、寒い。
体温調整用に用意したフリースまで着込み、4枚(アンダー、ロングT、フリース、雨具)構成で休憩。
食事を終えて、いよいよ縄文杉へ。
縄文杉の前には、櫓というか、木製のデッキが整備されており、階段を上ると縄文杉が見られる構造になっている。
デッキの入り口付近に人がたまっているらしく、まずはデッキにのぼるために、階段の踊り場で待つ。
階段を上って、デッキにたどりついた。
縄文杉は……記念撮影会場と化していた。
私は縄文杉を見たということ以上に、その光景に圧倒されてしまっていて、ぼんやりとその様子を眺めた。
たぶん、最初にバスへ乗り合わせた50人が、ほぼ同じ時刻にここへ着いたのだろう。
人があふれ、縄文杉を正面から捉えられる位置は絶好の撮影スポットとなり、順番で撮影を待つ人が並ぶ。
私たちもガイドさんに指示され、順番を待ち、全員で固まって、あるいは一人ずつ記念撮影。
撮ったらすぐに次の人に場所を譲る。
みんなはしゃぎながらシャッターを切り、デジカメはもちろん、携帯のカメラで屋久杉と自分をワンフレームで撮る。
私も笑顔をつくって撮影に参加したが、虚無感はぬぐいきれなかった。
そしてこの狂騒だ。
それでも、もしかすれば神秘的な感覚が得られるのではないかと、人々の撮影の合間を縫って、再度正面から縄文杉を見上げてみた。
しかし、縄文杉は何も応えてはくれなかった。
せめてほんの数分でも、1対1で向き合いたい……そう思ったが、ガイドさんが無情にも下山すると伝えてきた。
率直に言えば、縄文杉はただの観光名所だった。
悲しいくらい何も感じなかった。
加えて、私の体力では5時間程度の歩行では疲労困憊になるほどでもなかったので、それに伴う達成感もなかった。
準備が良すぎた。
そして、ツアーに申し込むという臆病さが祟ったということなのだろう。
帰りはただひたすら戻るのみである。
別段、苦痛となる要素はなく、ただのんびり歩いた。
おそらく、食間に摂取していたアミノ酸と、cw-xのおかげもあるだろう。
フットサルで使い込んでいる私の下半身は、10時間の歩行ぐらいでは、筋肉痛にもならなかった。
帰り道、何度も考えた。
この30日~2日という連休の取り方ではなく、別の週だったら?
ガイド付のオプションツアーに申し込まず、自力で踏破していたら?
休みはここでしか取れなかったし、オプションツアーに申し込む利点はたくさん感じられた。
単純に宿から送迎してもらえるだけでかなり助かる。
またガイドさんは大阪出身の感じのよい方で、休憩時間等も楽しく過ごすことができた。
それに実は行動食として、アミノ酸とウィダーインゼリーしか持ってきていなかったのだが、パーティの方が休憩のたび飴をくれたり、チョコを分けてくれたりと、非常にありがたかった。(とくに復路の登山バスの中で栗まんじゅうをもらったことには驚いた。10時間背負っていたのである。女子の甘味に対する執念を思い知った。)
歩いている最中も退屈しなかったし、食事もやはり一緒に食べる相手がいたほうがいいに決まっている。
ただ、私のようなタイプには、ましてや縄文杉トレッキングには、必要なかったということだろう。
16時のバスで登山口から戻り、ガイドさんに車で民宿まで送ってもらう。
和やかに解散し、風呂をすませ、食事ではグラスビール1杯だけを許し、かなり早めの就寝。