気の広場

気の世界あれこれ・・・
  日常雑感あれこれ・・・

大勢の人前で話をするのは ・・・

2010-09-05 21:35:46 | Weblog
私が大勢の人の前で話をするのは
  なにも話を与えたり
    そのお礼をもらうためにするのではありません。


みなさんと一体となって
  自分自身をときほぐす ・・・ ただそれだけのためです。




* ちなみに この3ヶ月に9回 依頼された講演・講座を行いました。





愚鈍の一念 ・・・ 4.身につける

2010-09-05 19:13:30 | Weblog
「勝つことばかりを知って負くることを知らざれば 害その身に至る」

  ・・・ 家康遺訓のなかの一句です。


ひじょうに内容が深いです ・・・ 。


負けるのは苦であり 屈辱であるが

  それを経験してこそ 人間は「できて」ゆきます。


秀才は その経験なしに成人し 世に出てしまうから

「害その身に至っ」て ・・・

  もてる力を出しきれなくて終わることが少なくない のです。



人生は 長い眼でとらえなくてはダメです。


たかが学歴 たかが学校の成績ぐらいのものに

  第一義の価値をおくようでは

    ・・・ とても第一級の人物にはなれないでしょう。


若いうちにこそ 賢ではなくて
 
  ・・・ 愚や鈍を身につけたいものです。

それこそが

  生涯的なエネルギーの エンジンになってくれるのですから。



 
  

水を掬(きく)すれば ・・・ 

2010-09-05 17:37:39 | Weblog
「 水を掬(きく)すれば月手にあり 」



目の前の水を 手でひょいとすくったら
 
  ・・・ そこに月がありました。


遠くにあるものをわざわざ取りに行こう

  ・・・ というのとはちがいます。


なにげなくすくった水によって

  ・・・ 月が手にはいっていたのです。



・・・ これは 尊いです。






いま 幸せ

2010-09-05 15:30:53 | Weblog
「さっきまで 幸せでした」

「これから 幸せになります」

  ・・・ こんなことを言う人は クズもクズ ほんとうのクズです。


くやしかったら

「いま 幸せだなあ」 ・・・ と思ってみることです。




    (2010/5/23 撮影  エジプト)








もう死んでも生きても どちらでもよい ・・・

2010-09-05 14:30:15 | Weblog
「 私はもう死んでも生きても どちらでもよいんです」

  ・・・ と投げ出し気分で だれもが口にするこの言葉。


これはどうも虫がよすぎます。

死にたいなら 死にたい

生きたいなら 生きたい

  ・・・ どちらかひとつに決めないとはゼイタクです。


徹底してあなたが「死にたい」と進められるなら

だれもが そんな見込みのない人間を相手に

  ・・・ 生きる手伝いをしようとは思いません。



「生きたい」なら「生きたい」と 一生懸命進めるなら

  これもまた 自ずから生きる道が開かれる ・・・ のです。





患者になりきる ・・・ 死んだようになって

2010-09-05 13:24:54 | Weblog
医者が 手術するまえに

  「痛いでしょうが ちょっと間 がまんしてください」と言う。


「がまん」 「耐える」 「しんぼうする」は

  ・・・ 「力を入れる」ことではありません。


死んだようになって

  ・・・ 相手にすべてを任せる ことです。

  ・・・ 患者になりきる ことです。


「たいへんだ」 「むずかしい」

  などという意識で耐えようとすれば ・・・ 力が入ります。

おそれおののいて身を固くし

  ・・・ 一歩あとずさりすることになります。



これでは ・・・ 耐えたことになりません。





生花 ・・・ 活ける ・ 生き抜く

2010-09-05 12:13:06 | Weblog
千利休が豊臣秀吉にお茶を差し上げた茶室があるということで

  大仙院は有名ですが ・・・


利休さん このとき 秀吉のために花生けに花を活けました。

秀吉公は 大いに喜ばれたそうです。



ところで

花生けに活ける花 ・・・ それは 根っこを切り捨ててあります。


「今後」とか 「将来」を断ち切ってある ・・・ のです。


だから

「活ける」であり 「生き抜く」である ・・・ のです。






「 夜 眠れない 」という人へ

2010-09-05 09:48:42 | Weblog
「夜 眠れない」という人があります。



眠れなかったら 起きて仕事をすればいいじゃないですか。


すると

「そんなことをしたら 明日の仕事にさしつかえる」と言います。



今日の仕事を いっぱいいっぱいでやった人なら

  明日の仕事も忘れて 満足しているし

  明日は明日で またがんばれる という自信をもっています。



いまこの時間寝ておかないと 明日の仕事にさしつかえるという

  ・・・ いまこの瞬間のアセリが あなたを満足させないのです。


そのために 眠る時間に眠れないんだ

  ・・・ ということを 忘れてはなりません。






愚鈍の一念 ・・・ 3.できの悪い者こそ

2010-09-05 08:45:39 | Weblog
学校でのできの悪い者は

少年時代からして「愚鈍の一念」式の心情を

  身につけないわけにはゆきません。

学校がすでに 根気や忍耐力を養う場所になってくれます。


賢でないために いい意味での「鈍」や「愚」が身につきます。

つかざるを得ないのです。

浪人などを経験すれば なおさらです。



こうして鍛えられた者が

  「忍苦」を要求される実社会に入ったとき

これへの適応能力が
 
  学校をスイスイとわたってきた秀才たちよりもまさるのは

    ・・・ 当然のことです。


身につけた「愚鈍の一念」によってこそ

    ・・・ 彼らはジリジリと力を出していくのです。





愚鈍の一念 ・・・ 2.かつての秀才の末路

2010-09-05 07:45:44 | Weblog
うわすべりの「賢」だけで学校をわたってきた者が

二十二、三歳にもなってから「忍苦」の力をつけようとしても

  ・・・ 年齢的に限度があるでしょうね。


加えて

実社会に役立つ「賢」とは

  学校における表面的なそれとは 質も次元も異なるものです。



こういった事情から 「かつての秀才」たちは

世をわたるバイタリティーに欠け

  力を出し悩んで ・・・ しぼんでゆくことが多いのです。






愚鈍の一念 ・・・ 1.たかが学歴 ・ 成績

2010-09-05 06:33:19 | Weblog
学校時代に秀才で通した人が 社会へ出てみると 案外パッしない。

それらしい芽がでないまま

  「あいつ 意外にダメだったねェ」などと評されながら

    一生を終わってしまう ・・・ などは よくある話ですね。



学校時代 出来があまりよくない。

成績は中 それ以下である。

性格的にも目立たない存在で
 
  一浪か二浪ののちに 二流の大学に入る。


こういう人が社会に出てから
 
  ジリジリ ジリジリ力を出してゆき ・・・


中年のころになると 相当な立場にあって 敏腕をふるい

  堂々たる貫禄も身につけ

    ・・・ という実例もまた 世に少なくありません。


かっての級友たちから 「あいつ やるじゃないか!」と評され

  一目置かれ ・・・ ということになります。



どうして このような現象が生じるのでしょうか。


学校は 「賢」だけで通ることのできる世界です。


しかし 実社会は とてもそんな甘い場所ではありません。

どういう立場にいようと その人なりに

  忍 ・ 鈍 ・ 愚 ・ 根 ・・・ などが強いられます。