気の広場

気の世界あれこれ・・・
  日常雑感あれこれ・・・

老後に恐怖心

2010-09-06 20:41:02 | Weblog
いまの若い人は
 
  老人以上に 老後に恐怖心をもっています。



「老人になっても働かねばならない」

  ・・・ というおびえが まちがっています。



「老人になっても働くことができる」

  ・・・ でなければ いつまでたっても不安は消えません。





長いモノサシ ・・・ ゆっくり生きる

2010-09-06 17:28:12 | Weblog
おたがい 人生を計るのに
 
  もう少し長いモノサシをもちたいものです。


モノサシが長いと

  気分はノンビリするし 腹(肚)もすわります。



そのモノサシは

  考えかたの切りかえひとつで ・・・ 長くすることができるのです。




アクセクしないで もっとゆっくり

  ・・・ 気長く生きようではありませんか。



一度しかない人生ですゾ ・・・ 。


ゆっくり生きること

  すなわち ・・・ わが人生を大切にすることです。





テレビが悪いのではない ・・・ 受像機人間の生き方

2010-09-06 06:07:55 | Weblog
「一億総白痴化」と
 
  むかし エライ評論家が テレビを評して言いました。


しかし テレビで俗悪番組をやるから テレビが悪いのではありません。


テレビによって 人間がテレビ化し

テレビ番組にひきづられて

テレビをスイッチ・オフできない状態 ・・・

  テレビのスイッチをオンにもオフにもできない人間が出てきます。


これが じつは恐いのです。

つまり

スイッチをひねれば 簡単に情報が得られるのはいいが

  ・・・ 努力も何もなしで 一方的に与えられる



  ・・・ 受身の人生になるのが恐いのです。


  ・・・ 受像機人間の生き方です。




「あんた テレビ持ってるか」

  「持ってます」

「毎日みてるか」

  「みてます」

「そうかあ テレビは受像機とも言うなあ」

  「はあ 言います」

「あんた 自分が受像機になってるのとちがうか」

  「えっ 何です」

「それだけや ・・・・ 」




自由人 ・・・ 考えかた

2010-09-06 05:01:40 | Weblog
現代人は この社会を生きるにおいて

  多かれ少なかれ なんらかの不自由を感じています。

いろいろなものに縛られているように感じます。


なにが われわれを縛っているのでしょうか?

体制か 社会機構か 企業か 人間関係か 家庭か オカネか

  それとも ・・・ ?


たしかにこれらも 私たちを縛るものではあるでしょう。


しかし せんじつめて考えてゆくと けっきょく人間は

  ・・・ 「考えかた」に縛られていることがわかります。


考えかたさえ自由にしたら

  ・・・ いかなるものにも縛られることはないのです。


心の操作ひとつでもって
 
人は自由にもなれるし 自縄自縛に陥ることもありうるのです。




「自由人」とはすべて 考え方の自由な人なのです。


自らに由(よ)って考え 通念や他人の眼に支配されません。

考えが自由だから 行動も自由になります。


考えさえ自由なら ・・・ 何ものにも束縛されはしないのです。





さようなら みなさん! ・・・

2010-09-06 03:36:54 | Weblog
人生は 朝露のように はかなく消えてしまうものです。


現代に生きる人々は 死は遠い先のことと思って気にもとめません。

葬儀には気楽に参列していますが

  ・・・ 自分の葬儀のことは 少しも考えていません。


しかし よく考えてみると

他人の葬儀と自分の葬儀とが 実はきわめて近いかもしれないのです。


「 いつ死んでも かまいません。

  今日一日 一生懸命生きてきました。

  さようなら みなさん!

  いまでも あの世に旅立てます 」


  ・・・ こう言える人が一体 何人いることでしょうか。