ザルツブルグ(Salzburg)を解字?すると、
「ザルツ(salz)=塩」、「ブルグ(burg)=城砦」なので、
「塩の城」ということになる。
その名のとおり、古代から塩が採掘されていて、塩の交易で栄えてきたまちである。
旧市街が、まるごと世界遺産に指定されている。
そこに足を踏みいれると、中世そのままの景観がのこっている。
そして、まちのどこらかでも、高台にあるホーエンザルツブルグ城を臨むことができる。
このまちの1番の名誉は、モーツァルトの生誕地ということであろう。
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、
1756年1月27日、カトリック大司教領の首都、このザルツブルグに生まれた。
僕はモーツァルトについては、1984年に封切られた映画『アマデウス』を観たくらいで、
彼の生涯を正確に説明する能力はない。
しかし、世界史上の天才作曲家ということぐらいは知っている。
モーツァルトの生家にいってみた。
モーツァルトが生活していた当時のままの建物がのこされていて、
部屋はもちろん、彼がじっさいに演奏したピアノやヴァイオリンも展示してあった。
彼のピアノをみて、なにか違和感を感じた。
鍵盤の黒鍵と白鍵の色がさかさまなのだ。
この当時のピアノには、こういったものはめずらしくなかったそうである。
不思議に思って、帰国後、しらべてみた。
どうやら、ふたつの説があるらしい。
まずは、経済的理由である。
ポール・マッカートニー&スティービー・ワンダーの名曲「 Ebony and Ivory 」でもわかるように、
黒鍵はエボニー(ebony)でコクタン製である。
いっぽう、白鍵はアイボリー(ivory)なので象牙でできている。
象牙は、現在 ワシントン条約で国際取引規制がおこなわれているが、
当時もひじょうに貴重で高価なものだった。
だから、黒鍵と白鍵の色を逆にすることで、象牙の使用料をおさえようしたらしい。
もうひとつの説は、乙女心に由来している。
当時、ピアノを習うような子どもは、主として貴族の子女だった。
その女の子の指がより白く、可憐に見えるようにするために、
コントラスト効果をねらって、白鍵を黒くしたという。
どっちが正しいか、もしくは、どっちもまちがいかは、皆さんの判断にまかせたい。
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