前回は、あ行の「え」(母音の〔e〕)が誕生したのは江戸時代になってからだということを論じました。
しかし、多くの国語学者は、あ行の「え」が古くから存在したと考えており、当然ながら、それには動かしがたい証拠がありました。
それは、平安時代の初期には使われていたとされる手習い詞(ことば)、「あめつちの詞」です。
これは、『国語学史』(三木幸信・福永静哉:共著、風間書房:1966年刊)という本によると、次のような48音の文字列で、音の重複がないとされています。
【あめつちの詞】
読み
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解釈
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あめ つち ほし そら | 天 地 星 空 |
やま かは みね たに | 山 河 峯 谷 |
くも きり むろ こけ | 雲 霧 室 苔 |
ひと いぬ うへ すゑ | 人 犬 上 末 |
ゆわ さる おふせよ | 硫黄 猿 生ふせよ |
えのえを なれゐて | 榎の枝を 馴れ居て |
これを見ると、最後の行に「え」が2つあり、先頭の「え」はあ行、末尾の「え」はや行と考えて、これが、あ行の「え」が古くから存在した証拠だとされているのです。
これに対して、『国語学の諸問題』では、その後の時代に手習いに使われるようになった「太為爾(たゐに)の歌」と「いろは歌」を例に挙げて、「え」が時代と共に次のように変化していることを指摘しています。
手習い詞歌
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あ行
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や行
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あめつちの詞 |
え(榎)
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え(枝)
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太為爾の歌 |
え(衣)
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いろは歌 |
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え(江)
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つまりこれは、平安時代の初期にあ行とや行に存在した二種類の「え」が、その後あ行だけになり、さらにその後や行だけになった(あるいは、あ行の〔e〕が〔ye〕になった)ことを意味していますから、これが本当なら、なぜそうなったのか説明する必要があります。
これについて、『国語学の諸問題』の著者の小林氏は、その説明が困難であることを指摘し、もともとあ行の「え」が存在せず、〔ye〕が二種類あったと考えるのが正しいと主張しているのです。
なお、〔ye〕が二種類あったと言うと、何を言っているのかと思われるかもしれませんが、『古代国語の音韻に就いて』(橋本進吉:著、明世堂書店:1942年刊)という本によると、実は奈良時代には「き、け、こ、そ、と、の、ひ、へ、み、め、よ、ろ」の12音(濁音まで含めると19音)が甲乙二種類に書き分けられており、発音が異なっていたと考えられるそうです。
これは、万葉集などにおいて、日本語の発音を表記するのに使われた漢字(万葉仮名)を分析して明らかになったそうで、例えば「の」は、「怒、弩、努」(甲類)と「能、乃、廼、笶、箆」(乙類)の区別があったそうです。
また、飛鳥時代の後期に編纂が開始された古事記には、「も」の音も甲乙二種類に書き分けられているので、もっと古い時代にはさらに多くの音が甲乙二種類に分かれていたかもしれないそうです。
そして、「え」については、「愛、哀、埃、衣、依、榎、可愛、荏、得」(あ行)と「延、曳、睿、叡、遥、要、縁、裔、兄、柄、枝、吉、江」(や行)の区別があったと書かれています。
これに対して、小林氏は、それはあ行の「え」が存在したはずだという先入観によるもので、実は〔ye〕の甲乙二種類の違いなのだと言っているわけです。
確かに、この小林氏の主張は論理的であり、説得力がありますね。
次回は、あ行の「え」に関するまとめです。