被災地での空き巣泥棒のお話☺️
体験談をお話しましょう。
まずは、1983年の熔岩流噴火。
三宅島における最大集落の約70%(340戸)が噴火の熔岩に埋まる。
溶岩によって道路寸断のために集落に入ることは出来ないし、ほとんどが焼失して盗む物が無い😁
次は2000年の水蒸気爆発噴火。
家財を全て残しての全島民強制島外避難。《島中空き家状態》
東北の原発事故避難に良く似た状況。《詳しく知っている訳ではない》
東北の空き巣泥棒はだいぶ話題にはなった。
三宅島は海に遮られた上に人つ子一人いないはずだから泥棒のしようがない☺️
《皆さんの家財は必ず守りますから安心して重要な身の回り品のみ持って今すぐ船に乗って全島民は避難して下さい》との村長の行政無線放送を信じて(笑)☺️船に乗りました。
結果、5年近く家に戻ることは許されませんでした😭
で、空き巣泥棒は無かったか?
盗み放題(笑)☺️
自由自在にやれますよね☺️(笑)近所の目がないから。(東北と一緒)
実は、全島民強制島外避難なのだがライフライン復旧作業員、のための最小限の商人、当然消防や警察もいたでしょう。
犯人は捕まったそうです。
盗んだ品々のほとんどは犯人が海に捨てたという事だそうです。(持ち出す手段が無く証拠隠滅を図ったんでしょうね)
誠に勿体無い話です☺️(笑)
おばあちゃんが一時帰島した際にドアがこじ開けられていたので、警察に相談したら《そういう説明だったそうです》
我が家も当然被害がありました《商品やらなにやら》
マスコミに殆ど取り上げられなかった様に思います😭(笑)
我が家は被害届けは出していません。(笑)☺️😊
結局、熔岩に埋まった商品やらなにやらと一緒で決して戻らないし誰も保証してくれません。☺️
津波に流され、火事で焼失された方々も・・・何も残らないンです。
公に約束した村長でさえ、保証はしてくれませんでしたよ(笑)☺️
復興再建に御援助ご支援頂いた方々に感謝しながら、自助努力でしょうね。
これから二月いっぱいまで富士山を見られる機会にめぐまれるでしょう。
前回のコメントにかきましたが、私のブログを見られて《苦労されたんですね》と労いの言葉をかけていただきましたが、苦労していません(笑)
その度に変わらなくてはならなかった生活環境を《充分に楽しんで》送ることができました。
夕方の港風景《順光》
逆光の風景
この子と旅をしたい☺️😊😉
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