なまぬるい生活

エホバの証人 元二世のブログ

エホバの証人からの手紙

2008年08月20日 23時19分18秒 | 一般記事
某掲示板の過去ログを見ていたら、おもしろい書き込みがあったので紹介します。
香川県の人に届いた手紙だそうです。

○○様
拝啓

 私は近くに住む者で、××××と申します。時々お便りさせていただいておりますが、
読んで下さっていましたら、嬉しく思います。
 この聖書の伝道活動は、世界中で絶えることなく続けられていますので、
○○様への訪問やお便りが度重なってもご安心下さい。
 今回は「人間には不滅の霊がありますか」というパンフレットを同封させていただきます。
○○様も、人間には不滅の霊があると思われますか。
確かな答えを得られていますか。
 これまで幾千年もの間、人々は「死後の命があるのだろうか」という疑問を抱いてきました。
霊感のもとに記された神の言葉「聖書」はこうした問いに納得のゆく答えを与えています。
 神が与えて下さる「確かな答え」を知りたいと思われますか。
情報を得たいと思われましたら、お気軽に下記の住所にご連絡下さい。
                                           かしこ

2008年4月25日

                ○○市××××
                エホバの証人の王国会館 ××××

手紙の内容を見る限り、何度か手紙が送られてきているようです。

「霊感のもとに記された」なんて言ったところで一般の人は何のことか分かりません。

「訪問やお便りが度重なってもご安心下さい」って、何がご安心くださいだよって感じですね。

一般のダイレクトメールだと「入れ違いで本状が届いた場合はご容赦ください」とか「重複して届く場合がございますがご了承ください」のように、謝るのが普通ですよね。

エホバの証人としての感覚ではなく、一般の人が受け取ったときにどう思うかを考えて手紙を書いて欲しいと思います。


ちなみに、手紙が郵便で届いた場合、未開封なら「受取拒否」をすることができます。
詳しくは受取拒否 - Wikipedia郵便物の受け取り拒否をご覧ください。

神の用意してくださったもの

2008年08月20日 08時05分42秒 | 一般記事
ものみの塔 2008年6月15日号の13ページ 第2研究記事 10節に、ちょっと気になる言い回しがありました。

画像を読んでいただければ分かると思いますが、「忠実で思慮深い奴隷級」が提供する出版物、奴隷級が取り決めている集会や大会が「神の用意してくださったもの」であるかのような言い回しとなっています。

聖書は神が備えたものですが、それを解釈し本を出版したり集会や大会を組織しているのは統治体を筆頭とした協会です。

自分たちを「統治体」という称号で呼び、「優越感を抱き、目立つことやへつらいの称号を愛し」(ものみの塔 2007年11月1日号 4ページ)、「忠実で思慮深い」と自称するのはなんと謙遜さに欠けたことなのでしょう。
ローマ 12:12