のぶのぶの音楽雑記

演奏会のお知らせだけでなく、色々なことを書いていこうと思います。

ゲマトリアについて その2

2020-04-24 16:06:52 | 日記
家にいる期間、ひたすらゲマトリアを使って研究をしております。
なぜ私がゲマトリアについてこだわるのか少しだけお話しましょう。

第一に、パズルじみたと言いましょうか、隠された謎解きみたいなものが好きであること。オカルト的な面が好きであること。それは間違いありません。なにか、人間を超越したような思想(イタリア文化に強く感じます。レオナルド・ダ・ヴィンチのような思想とか…ファッションなんかもイタリアって独特な気がする…)に惹き付けられます。

そして第二に昔の作曲家が多くを語っていないということ。もちろん、マッテゾンやヴェルクマイスターのように、文字を書いて残した人たちもいますが、バッハの言葉はほぼ残っていません。楽譜には暗号のように「JJ」や「SDG」などが書かれているばかり。

「バッハはこう弾いた」や「バッハはこう言った」というものは息子たちや弟子が書き残したものであって、バッハ本人のものではありません。バッハには「言う必要がなかった」或いは「隠さなければなかった」のです。

まず、「言う必要がなかった」という点について。
ゲマトリアについて取り出してみれば、それは「衆知であり周知のこと」であったということ。例えばカンタータ…教会にて音楽で説教を説いていた。つまり演奏する側は楽譜を見てその響きを創らなければならなかったわけです。楽譜を見て何を伝えたいかを読み取ることができたということ。

そして「隠さなければならなかった」という点。
それはバッハの相手が教会であったということ。働き先である以上、その教会の方針には従わなければならなかったわけですが、バッハ自身の思想というものもありました。しかし、それがあからさまではいけなかったわけで、上記の通り、読み取られることが容易であったために、より複雑に隠していたのでしょう。

前回のブログでもお話したように、インヴェンションやシンフォニアは大変意味深な作品です。知らないからこそ子供に弾かせがちですが、どれだけのことを含めた作品か…両作品とも15曲であること、1番のゲマトリア、ヘクサコードでの成り立ちなど…それはそれはとてつもない作品集。

ここまで言っといてあれだけど、べつに子供が楽しんで弾くのは全然良いと思うんです。我々のような立場じゃないんだから、楽しんで弾ければそれで。でも、「子供の頃、インヴェンションをやってバッハが嫌いになった」というのをよく耳にするんですよね。レッスンする立場からすると、どうしたら楽しく学んでくれるかな…と思ってしまう。もちろんバッハの作品以外でも。

まぁ、ゲマトリアについて言うと、バッハだけじゃなく、彼らの伝えたかったことは音符だけじゃなく、その「音符に込められたメッセージ」であって、それを読み解かないことにはその響きを作り得ない、ということが私の考えです。そのための手段の「一つとして」ゲマトリアがある、ということです。もちろんそんなこと知らなくてもその響きが創られればそれでよいわけで、私は分からないから分析をしているだけです(笑)それも100%の答えではないけど、少なくとも自分の演奏の信念となるものです。

全てがゲマトリアに集約されているわけではないと思いますが、私が興味を持って研究しているのはそこである、ということです。

じゃバイバイ(^^)/

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1 コメント

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Unknown (ことは)
2022-10-31 09:50:00
先日伺ったお話。とっても興味深く、こちらでまたこうして拝読できて嬉しいです!
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