63年目の終戦記念日です。還る事を許されなかったむごい戦争の過去を未だに引きずっています。
現に遺骨の収集でもそうです。(特攻の島・回天)感想といわれましたが、簡単には書けません。自らが武器となり敵艦船へ自爆、
この平和な時代まず考えも及ばないでしょうね。
航空機の特攻で(3.963人)人間魚雷回天、水上特攻隊、
あわせて(5.852人)多くは18歳から22歳、最年少で17歳と
新聞にありました。敬虔な合掌を捧げます。
今手元にsさ撚りの(特攻の島)(一億人の昭和史(特別攻撃隊))
と言う私には子供から~孫~曾孫に引き継いでもらいたい本があります。愛し合った女性には(結婚は沖縄の海に消えて)この通りです。
まあちゃさんが目にして泣いた、知覧での人生最後の夢見た三角兵舎。
最後の夜はお母さんの顔を思い浮かべて心の中で会話したでしょう。
一睡もできなかったでしょうね。色々想像するだけでも目頭が熱くなり文字がにじんできます。
私は実戦は知りません。家内との話で俺がもう3才年取っていたら知り合えなかったね、と話します。
子供や孫や曾孫に生きてる間は語って聞かせる事が仕事だと思います。
63年前の今日の正午のラジオでの(耐えがたきを耐え、忍びがたき
を偲び。。。。。の陛下のよく終戦の聞き取れないラジオ放送を思い
出し、黙祷を捧げました。