学校教育を考える

混迷する教育現場で,
日々奮闘していらっしゃる
真面目な先生方への
応援の意味を込めて書いています。

センター試験の不思議

2010-01-22 | 教育
もう大学等進学率が5割を超えて,
大学の多様化や個性化が唱えられているのに,
1980年代の共通一次試験から連綿と続く伝統を誇るセンター試験が
いまだにおこなわれているのはとても不思議である。

あれは,もともと大学入試の難問奇問を避けるためや
過酷な入試競争の緩和のために構想されたものではなかったか。

もう,あのような統一テストの必要な時代は去ったのではないか。

いまは,当初の理念をはなれて,センター試験は便利に使われている。

センター型入試などといって,
センター試験を受けて,大学に願書さえ出せば
判定されるというのがそれである。
センター試験さえ受験生に受けさせておけば,
大学は,自前で入試を作成し管理する手間を完全に省くことができる。
便利な制度である。

大学が個性を出したいのであれば,
広報や宣伝にばかりお金をかけるのではなく,
独自の入試のやり方で,
大学の教育理念をアピールするべきではないだろうか。

それでは受験生が集まらないというのであれば,
すでにその大学の存在価値は失われているのである。



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1 Comments

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この結論から読めること (tsuguo-kodera)
2015-08-16 16:05:57
 なるほど、各大学の募集活動の合理化にも使われているのですね。でもそれなら大手予備校や塾の学力判定試験で代用できるし、適した会社のバージョンを使えば済みますね。予備校の下請けになれば安価にそれほど間違えのない判定ができるように思えます。
 だから私はセンター試験はまた例によって役人様のポストつくり、お金集めのためにやっているのだと思っています。
 私の経験は企業の募集と入社試験だけです。色々の試験や大学の成績は参考資料だけです。悪く言えば足きりと言えるかもしれません。
 最も重視していたのは面接と小論です。会社でしたい夢などをA4の一ページ程度、800字以下にまとめさせ、20分ほど面接をし合否を判定します。
 200人程度を採用するにも、応募や見学を希望する学生さんは数倍はいます。面接官は採用活動の担当者と時間が取れた重役と、募集者の専門性を判定できる部門の部長クラスの人が通例だったのでしょう。
 一人当たり採用活動はとてもお金をかけています。一人あたり100万円ではききません。一方大学は入学試験も利益の源泉の一つのように思えます。これでは本当に欲しい、育てたい人材を合格させるのは無理のように私には思えます。
 結論です。大手塾の試験データのマスデータを解析したほうがましかもしれません。今日のこの記事を読み、私が若かったらデータベースと分析システムを開発したいと思ったかもしれません。
 この記事は数年前でしたね。すでにやっている大学と塾がありそうな気がしてきました。世の常ですので。
 
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