makoto's daily handmades

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」 を観る

2週だけのドラマですが、このドラマを観て本当に良かったです。

CODAはろう者の両親の下に生まれた健聴者の子どものこと。

ドラマの序盤から「あれ?どうみても本物のろう者じゃあないかな?」という演じ手が何人も登場してきます。

そして子役のお子さんもCODAの当事者かな?子役っぽい表情をしない子役だなーって。

 

私も大学生の時に手話に興味をもったことがあります。

通学電車の中で時折ろう学校の子どもたちに会ったからです。

その後、ろう学校の近くに住んだこともありました。

ちょっとビックリしたのですが、手話は日本語とはちょっと文法が違うのです。

日本語なのに日本語でない、しかも手話に方言があるとも知りました。

なんだコレ、ムチャクチャ難しいぞ!と驚きの連続でした。

健聴者の1人として、手話の習得は私にはできそうもない、と諦めるまではそう時間はかかりませんでした。

 

今回のドラマで、その逆もあるのか、と初めて知りました。

手話の話者には日本語が難しいというシーンに。

日本語とは違う手話独自の文化がある、という考え方を知ることができたことが私には大きな収穫でした。

ドラマは2話完結、ちょっとしたミステリーを含む展開です。

役者さんが素晴らしくて、それは本物のろう者の方々も参加しているから、ということ以上に健聴者の役者さんも素晴らしかったな、と。

私が見かけたろう者の手話は、手話に強い感情がこもっているような、そんな印象を持っています。

ドラマでは手話の激しさが、衣擦れや肌を打つ音で表現されます。

その部分に引き込まれるのです。

健聴者の私はそれら音さえも聞こえますが、ろう者には恐らくこれらの僅かな音は聞こえません。

でも感情の高ぶりは伝わる訳で、手話は日本語とは違う言語表現なんだ、としみじみと感じ取れるのです。

 

そこで思い出した映画がありました。

もう34年前になりますがテレビで観た忘れられない映画がありました。

タイトルは失念してしまいましたが、インパクトが強くて内容は今も覚えている、忘れられない映画の1つです。

今回、このドラマをきっかけにタイトルを調べる気になりました。

1985年のアメリカの映画「愛は沈黙を越えて」、1989年12月9日の午後、NHKで放映したそうです。

たしか字幕での放送でした。

私はここで初めてCODAという存在を知ったんだ、と。

 

たしかにここ10年くらいでCODAや聴覚障害者を取り上げた作品が増えています。

でも「愛は沈黙を越えて」も字幕版でいいのでテレビで広く放映して欲しい作品です。

ネット検索してみたら主人公の両親役はともにろう者の俳優さん。

1985年の作品ですよ、当時アメリカではろう者がプロの俳優さんとして活躍していたのですね。

日本ではどうでしょう?1985年は昭和60年です。その当時、ろう者の俳優さんがプロとして活躍しているなんて、考えたこともなかったです。

1989年の放映以外で、テレビ放映があったのかは私には調べられませんでした。

もしかしたら当時と現在では表現(放映)ができない内容があるのかもしれません(私が忘れているだけかもしれないです)。

新しい作品を制作するのもいいのですが、古い映画とはいえたまには放映してほしいです。

 

テレビの影響力は、一時よりも低下したとは言いますが、こういった自力では知ることが難しい事柄を知る機会に出会えるのがテレビやラジオなんだよなぁ、と感じ入った次第です。

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