最終回の時代よりも後のことだが、たった1度だけ私は大橋鎭子さんをお見かけしたことがある。
場所は自宅。
私が自宅にいたのだから、冬休みとか春休みとか、そんな時期だったのかもしれない。
その日は来客があったのは知っていた。取材の申込みだと母が言っていた。
大橋さんは赤いニットを着ていたことだけは覚えている。
私が見かけたのは、玄関脇の部屋から出たところで「さっそく写真を…」などと祖父や両親に話しかけ同行のカメラマンさんや記者さん等に指示をしていた。
あとから母が「あの女の人が編集長さんだよ」と教えてくれた。
当時の私は何も分かっていなくて、へー、おばあさんが編集長さんなんだ、スゴいやり手の人なんだろうなぁ、その割には普通のおばあさんだなぁ、と。
スゴく生意気というよりも暮らしの手帖も読んだことがなかったので無知過ぎて、感想も薄ければ、感動なんて皆無だった。
その後はカメラマンさんは何回も通って来ていたが、逆にカメラマンさん以外の姿はこの時1回限りしか見かけなかった。
このカメラマンさん、どういう訳か自分の子ども(女の子たち)を連れて来ていたのだが、「子どもをトイレに連れていってくれ」とか「子どもに冷たい飲み物をくれ」など私に対して人使いが荒くて、不満があったが私は取材対象ではないので、雑誌のカメラマンなんてモノはこんな横柄な感じなんだろうと思ったモノだった。
その子どもたちも、トイレに音消しオルゴールがあったのが珍しかったのか、トイレにこもって遊んでいた。
私が注意したら睨んでくるし、本当に困ったちゃんたちだった。
いつだったか私が母に「記者さんっていつ来るの?」と私が尋ねたら、インタビューは最初の1回限りで終わったと言っていた。
大橋さんがわが家にやって来てから記事になるまで、軽く2年くらいあったかもしれない。
当初、両親は取材を断ったそうだが、そうしたら編集長さんがわざわざこんな田舎町までやって来て頭を下げられてしまった。
この「わざわざ感」によって田舎の素朴な農家の人たちは断ることができなくなってしまった。昔の農家の人たちはそんなモノ。
私はまだ若かったこともあり、家族が暮らしの手帖の取材を受けているだなんて、周りの誰にも話すことはしなかった。
MIFさんには確か結婚してから教えた。彼はそういうことに関心がないから、反応は極薄。
そう言えば、何度も取材に来ていたカメラマンさんが、その終盤ころ、家族団らんの写真を撮りたいと言い出した。
え?私、それってスゴくイヤなだけど。私の取材じゃないのに?話、違うじゃん。
そんな取材なら断って欲しかった。それを親を通して言われたので、私が承諾しないうちに話は進んでしまった。
忘れもしない、家族みんなが揃う日として選ばれた2月11日。私は勝手に出かけてしまおうかと思うくらいイヤだったが、両親の厳命で在宅した。
元々私の取材じゃないし、なんでこんなことに巻き込まれるのかスゴく理不尽で「こんな団らん風景なんて普段やっていないじゃん!」とイヤイヤだった。だからスゴくぎこちない私。
今なら「やらせ」と言う言葉を知っているが、当時は知らなかったことが悔やまれる。
実際、うちの家族団らんは、昼休みに思い思いに昼寝をしたり新聞を読むくらいで、かしこまった団らん風景なんてないのに。
後日、できあがった記事を読んだら唖然。あの天下の暮らしの手帖が、家族のプロフィールを間違って記事に書いているではないか!えー、なにをインタビューしてたの?しっかり聞いていたの?これじゃあ創作だよ~!
この件に関しては、家族みんなが「暮らしの手帖って意外といい加減に記事を書いているんだね」と言うため息交じりの意見で一致した。
そして家族団らんの写真。あんなにカメラマンさんが、ああしろ、こうしろと指示した割りにはぎこちない団らん風景だった。
私の顔もひきつっているし。
普段やらないことをやらされるとこうなるんだなぁ、と落胆した。
当時の私は「スマイル10,000円」くらいの無愛想だったので、ムリもないけど。
この経験のおかげで、以降の人生ではイヤイヤやらされている家族団らん写真を見分けられるようにはなったかな。
この掲載誌は、家族が親戚やご近所さんにお配りしたので、親戚は「経歴違うじゃないの」と言ってきた。親戚はいいんだ、本当のことを知っているから。
でもご近所さんは「え?本当はこんな経歴だったの??」と誤解を与えてしまった。
のちに知り合った人から「あの記事読んだよ。ご家族の経歴って○○だったんだね」と言われてしまい、それを否定し正しい内容を伝えたことがあった。
結局その人たちから「makotoさんが生まれる前の話だから、本当のことは知らされていない」という扱いをされたことがあり、大変不快な思いもした。
あの日、横顔だけを見かけた編集長さん。
ドラマの中ではジャーナリズムや正しいこと読者に伝えると言う言葉を何度も繰り返していた。
一体どうなっているのだろうか?と言うモヤモヤした気持ちを持た続けていた私は、やっぱりドラマはドラマ、フィクションなら面白いよね、と思い直した。
ちなみに暮らしの手帖で記事として載ったからと言って、家業の農業収入が飛躍的に増えたとか、経済効果が抜群なんてことはなかった。
全国各地からお問い合わせをいただいたけれど、それに合わせて量産化なんてできないもの。
バター不足だからって急に牛乳を搾り出せって言ってもムリなのと同じだ。
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