京鹿の子の花も終わりに近づきました。今年は沢山の花を付けてくれました。
「ばら科」の草花でまだ自生は発見されていないとのことで、ある時代に園芸用に外来したものなのでしょう、花も葉も日本人好み、名前も都の気品を感じて命名されたものなのでしょう、ピッタリです。
何年か前のお盆過ぎに宇治平等院に行ったことがあります。その折門前にある茶室に案内されてお茶をいただいたことがありますが、その茶室のお床に種々の草花と一緒に「京鹿の子」が生けられていたことを思い出して不思議に思います。お盆過ぎにも京鹿の子は咲くのでしょうか、この辺りから云いますと80日も遅いのですが、・・・何か人為的操作がされているのかも知れない、などとフト思います。
画像は寺庭の京鹿の子、
「ばら科」の草花でまだ自生は発見されていないとのことで、ある時代に園芸用に外来したものなのでしょう、花も葉も日本人好み、名前も都の気品を感じて命名されたものなのでしょう、ピッタリです。
何年か前のお盆過ぎに宇治平等院に行ったことがあります。その折門前にある茶室に案内されてお茶をいただいたことがありますが、その茶室のお床に種々の草花と一緒に「京鹿の子」が生けられていたことを思い出して不思議に思います。お盆過ぎにも京鹿の子は咲くのでしょうか、この辺りから云いますと80日も遅いのですが、・・・何か人為的操作がされているのかも知れない、などとフト思います。
画像は寺庭の京鹿の子、