地面の目印 -エスワン-

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「イスラームから見た『世界史』」を読む

2024-12-22 11:54:17 | 

著者:タミム・アンサーリー
訳者:小沢千重子
発行:紀伊國屋書店 2011

 著者はアメリカ在住のアフガニスタン人。題名のとおり、イスラム世界から見た世界史である。アケメネス朝ペルシャ、アレクサンドロス大王、サーサーン朝ペルシャ、ビザンツ帝国を簡単に触れた後、ムハンマドの誕生からのイスラムの歴史が詳細に語られている。

スンニ派とシーア派という言葉がよく新聞やテレビで出てくるが、なぜ2派あるのかが詳しく語られている。また、イスラム教は本来非常に寛容な宗教であるということが印象に残った。アラビア半島の砂漠の一角で生まれた宗教が、もともとゾロアスター教を信奉していたペルシャを含め、あっという間に広範な地域に広まったのはそんな性格があるからではないだろうか。他の宗教にも寛容で、国内の異教徒を排斥するようなことはなかったようだ。14世紀以降繫栄したオスマントルコはそんな性格を有した帝国で、産業革命後から特に顕著になっていった西欧諸国の勝手放題の振る舞いが、現在の中東地域の混乱の元凶であることがよくわかる。もっともオスマントルコの支配者層の振る舞いにも大きな責任があるのではあるが。

 第1次世界大戦後、西欧諸国により、オスマントルコは解体され、民族や文化にかかわりなく、政治的駆け引きで国境線が引かれてしまった。トルコ、シリア、イラクに分かれてしまったクルド人問題はその蛮行の象徴と考えられる。その後、1960年ごろからのアフリカ諸国の独立等により、世界には約200の国が誕生した。本書の576ページには以下の記述がある。

「第二次世界大戦後に脱植民地化とともに重大な局面を迎えたのが、「国民国家主義」だった。つい忘れしまいがちだが、世界を国家の集合体に組織するという動きが始まってから、まだ一世紀も経っていないのだ。このプロセスが完了したのは終戦後のことで、1945年から75年のあいだに100ほどの国が誕生し、ついに地上の土地が寸土も残さずいずれかの国民国家に属することになった。」

 この部分を読んで、小学生のころ使っていた世界地図帳のアラビア半島には、国境線が描かれていなかったことを思い出した。


光る君へを2度味わう

2024-10-13 18:07:55 | その他

 以前、大河ドラマの「光る君へ」を興味深く見ていると書いた。

 大鏡の現代語訳などをある程度読んで毎週視聴するのだが、だれだだれだか混乱するし、出演者には藤原公季とあるが、いったいどこに出ていたのかと思ったりする。主人公まひろが書く仮名文字に至っては崩してあるので何が書いてあるのかさっぱりわからない。

 こんなときにクロワッサンに連載中の記事は大変役に立つ。土曜日にその週の日曜日に放映された分が掲載されるようだ。仮名文字で書かれた部分が源氏物語の何帖にあたるのか、重要なセリフや読まれる和歌がその背景を含め忠実に記され、そういうことなのかと感心するばかりである。チコちゃんではないが、ぼーっと見ていたんだなとつくづく思う。逆にずいぶん細部まで計算されたドラマなのだと感心至極である。

 あと2か月半で放送が終わってしまうのは残念でならないと思う今日この頃である。


「数学に魅せられて科学を見失う」を読む

2024-06-30 13:54:50 | 

著者:ザビーネ・ホッセンフェルダー
訳者:吉田三知世
発行:みすず書房 2021

 スイス・ジュネーブ郊外にあるCERN(欧州原子核研究機構)に建設されたLHC(大型ハドロン衝突型加速器)により、2012年にヒッグス粒子が発見された。これにより、標準模型の最後のピースが埋まった。しかし、重力を含まないという点で万物の理論としては不十分であるし、数学的な美しさをから求められたいくつものモデルは、実験で確かめられたものはないし、そもそも実験で確かめることをあきらめたようなモデルもある。物理学の華々しい成功は20世紀の物語であり、万物の理論を求める物理学は行き詰っているのではないか。それは、数学的な美しさにあまりに拘泥するせいではないか。本当に物理学の理論を数学的な美しさを前提として考えることでよいのか。そうした疑問、疑念から何人もの超一流の物理学者を訪ね、批判的なインタビューを行い、現在の理論物理学の課題を明らかにした書である。

 素粒子物理学や宇宙論の啓発書は、こんなすごい発見が行われた、ここまで世界の成り立ちが明らかになったなどと希望的な事項が述べられることが多く、理論物理学にはこうした問題がある、間違った方向に行っているのではないか、という観点で書かれた本書はは大変印象的である。

 今でもよく覚えている2点を以下に記す。

  • 研究費を得るためには、ピアレビューで良い評価を得なければならないので、理論物理学のコミュニティでの大勢の考え方に従わざるを得ないという圧力が大きい。そのため、異端の考え方は排除され、同じような考え方の研究ばかり進められることになる。その方向の研究でよいかどうか本当はわからないのに。
  • 弦理論の歴史についてポジティブとネガティブな記述をしている。
    •  <ネガティブ面>
      • 弦理論で可能なコンパクト化は10の500乗あり、多宇宙論に導く。そのいずれかは標準模型を含んでいると期待されるが…
      • 大きな原子核同士の衝突は弦理論に基づく予測と一致しなかった。
      • 特殊な金属の振る舞いに使えると主張するが、適用する対象がおかしい。
    • <ポジティブ面>
      • 弦どうしが交換する力が重力にそっくり
      • 弦理論はいくつもあり得るがM理論と呼ばれるより大きな理論に包含される。
      • M理論によりブラックホールの熱力学に関する法則を再現できた。
      • コンパクト化された余剰次元の幾何学的形状が、カラビ-ヤウ多様体になっている。
      • 弦理論のおかげで、「モンスター群」とある種の関数との間の関係が証明できた。
      • ゲージ重力双対性の発見がなされ、ゲージ理論の計算を一般相対論を使って行えるようになった。
      • 私たちの宇宙は2次元空間に押し込めることができることがわかった(ホログラフィック宇宙論)

 以上の感想は間違った部分もあるかと思うので、関心の向きは是非本書を手に取っていただきたい。

 


「紫式部 愛の自立 光源氏・道長を栄光に導く」を読む

2024-05-19 15:23:17 | 

 

著者:石村きみ子
発行:国書刊行会 2023

 今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」を興味深く見ている。
 高校生のころから平安時代に関心があって、日本古典文学大系の「大鏡」や「栄花物語」を古書店で購入した。・・・がそのまま積読になって数十年経過した。大河ドラマを契機に「大鏡」を取り出してみたが、さすがに古文はなかなか敷居が高い。そこで講談社学術文庫の「大鏡 全現代語訳」を購入して読み始めた。「大鏡」には紫式部は出てこないので何か良い本はないかと本書を手に取った次第である。
 本書では、源氏物語のあらすじと道長、紫式部の現実での姿が交互に書き進められていて、源氏物語の全体像を時代背景の中ですこし理解できたかなと感じた。平安時代は、和歌が貴族の生活の重要な一部をなしており、物語の中でも現実世界でも和歌が重要な役割を演じている。小学生のころ、何の意味もわからず、小倉百人一首をいくつか覚えたものだが、その中の

 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな

という歌はとくにスッと頭に入ってきたことを覚えている。その歌が興福寺から中宮彰子に桜の献上があり、通常取り入れ役は紫式部であったが、新参の伊勢大輔に譲り、その時詠んだものだと本書に記載があった。
 このようにこれまで断片的な知識として頭の中にあったものが、本書を読むことで相互につながり、当時の貴族に様子が大河ドラマの画面と相まってイメージ化されるように感じた。勝手なイメージかもしれないが。
 ドラマでは、道長が権力のトップに立ってしまったので権力闘争という意味での面白さはないが、これから紫式部の中宮彰子のサロンでの活躍が楽しみである。それにしても源氏物語54帖の帖名はなんという美しさであろうか。
 

 


「シルクロード全史(下)」 を読む

2024-05-19 14:38:01 | 

著者:ピーター・フランコパン
訳者:須川綾子
発行:河出書房新社 2020
原書名:The Silk Roads: A new history of the world

 (下)は、17世紀位からのオランダ、イギリスの台頭あたりから始まる。大英帝国の誕生、ロシアの中央アジアへの進出やさらにはペルシャ(イラン)、アフガニスタンを経てインドにまで覗う南下政策、それを警戒するイギリスとの確執。オスマントルコの弱体化に伴う、イギリスとフランスによる恣意的な中東分割、さらには、中東で発見された石油をめぐるイギリス、ロシア、第一次世界大戦を経てイギリスに代わり覇権国家となったアメリカなど各国のせめぎあい。そこでは、ペルシャのシャーなど中東各国の政治的指導者者が中東の一般市民のことなどお構いなく、先進各国の確執を利用して私腹を肥やしていく姿。先進各国にしても自分たちに利益をもたらす政治的指導者を利用しているだけであり、一般市民のことなど念頭にないことは同様である、等々がスピーディに描かれていく。
 さらには、第1次世界大戦後、ヒトラーが台頭し、中東進出を狙うドイツ、その後の第2次世界大戦に至る話、第2次世界大戦後は、イラン革命やソ連によるアフガニスタン侵攻、サダム・フセイン、オサマ・ビン・ラディンまで中東をめぐる出来事の数々が関連性をもって語られる。
 現在のイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への侵攻に見られるような大規模な軍事的衝突が起きているとき以外は、中東情勢について日本ではあまり報道されることもないので、火山の噴火のように忘れたころに突然起こるように(少なくとも私には)見える中東における軍事的衝突や事件が、過去百数十年以上にわたるイギリス、フランス、ロシア、アメリカなどの自国の利益しか考えない行動と深くむずびついていることが衝撃的であった。
 付け足しの感想であるが、ヒトラー・ドイツによるホロコーストの理由についての記述が興味深かった。第2次世界大戦でドイツにとって戦況が好ましくない状況に陥ったとき、もっとも深刻な問題は食料の不足だった。このため、収容所に集められたユダヤ人の大量殺人を行ったというのである。独ソ不可侵条約を一方的に破り、ソ連に侵攻したのもウクライナの肥沃な土地を手に入れるためだった。この話を読んで、出来事の背景には思想的な理由だけでなく現実的な理由があるのだと思った。また、ロシアのプーチンがウクライナをナチと呼んでいるのにはこうした背景があるのかと思った。
 いずれにしても第2次世界大戦後の状況は複雑に絡み合っているので、本書を再読する必要があると思った。