地面の目印 -エスワン-

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「アインシュタインの戦争」 を読む

2024-02-11 15:01:23 | 

著者:マシュー・スタンレー
訳者:水谷淳
発行:新潮社 2020
原書名:Einstein's War

 アインシュタインは、1905年に特殊相対性理論を発表し、1915年までに一般相対性理論を完成させていた。イギリス人のアーサー・エディントンは、1919年にアフリカのプリンシペ島に遠征して皆既日食を観測し、太陽の近くに見える星からの光が太陽重力によって曲げられ、本来の位置から外側にずれることを確かめた。これにより、一般相対性理論が正しいことが実証され、一夜にしてアインシュタインはニュートンを越えた天才として有名になった。この話を当時の欧州における政治的状況と絡めて詳細に記した書物である
 1914年から1918年までは第1次世界大戦により欧州は混乱の極みにあった。科学者もその混乱に巻き込まれ、あるいは率先して参画し、対戦国間の国際的連携はほとんど不可能な状況にあった。アインシュタインが研究の拠点としたのはドイツであり、エディントンは対戦国イギリスの研究者である。そんな環境の中でどうして終戦翌年に一般相対性理論が対戦国イギリスの科学者によって立証されたのか。そこに至るには苦難の物語があった。これまで、アインシュタインは、特殊相対性理論、一般相対性理論と立て続けに発表し、天才の名を恣にしてきたと漠然と考えていたが、そこにはエディントンらによるとてつもない苦労と戦略があったことがよく分かった。
 1919年の日食観測はプリンシペ島のものが有名であるが、同時にブラジルへも観測隊が派遣され、その観測も併せて太陽重力による光の湾曲が確かめられたこと、ブラックホールで有名な一般相対性理論の初めてみつかった厳密解であるシュヴァルツシルト解は、シュヴァルツシルトが従軍した塹壕の中で書かれ、かなしいことに彼は戦争から戻ることはなかったことなど、本書は様々な興味深い話や戦争の悲惨さを示すエピソードが盛り込まれた優れた書である。

 


「シルクロード全史(上)」 を読む

2023-11-25 11:11:30 | 

著者:ピーター・フランコパン
訳者:須川綾子
発行:河出書房新社 2020
原書名:The Silk Roads: A new history of the world

 まだ(下)は読んでいないが、忘れないうちに(上)の感想を書いておく。
 歴史はヨーロッパ史、中国史など、地域ごとに高校では習ったように思う。イスラム世界や中央アジアについては、ペルシャ、サラセン帝国(今はこう言わないようだ)、セルジュクトルコ、モンゴル帝国、チムール帝国、オスマントルコなどが強大な時期について少し触れたくらいだったように思う。
 本書の書名はシルクロードであるが、東西世界の交流を細かく描いた書である。飛行機で世界のほとんどどんなところへも行ける現代に比べ、昔は限られた地理的範囲での活動が主であると考え勝ちであったが、本書を読むとはるか昔から、世界規模での交流が行われていたことがわかる。その主役はイスラム世界や中央アジアである。ヨーロッパ世界が主役に出てくるのはコロンブスのアメリカ発見やバスコ・ダ・ガマのインド航路の発見くらいからだ。
 宗教の話も詳しく語られる。今でこそキリスト教・ユダヤ教とイスラム教は対立したものとしての印象しかないが、かつては、ユダヤ教とイスラム教が連帯し、キリスト教に対抗した時代もあったし、イスラム世界がキリスト教に対しきわめて寛容であった時代もあったとのことである。ともすれば、超大国アメリカと対抗する中国、どちらかというと低迷するイスラム世界と対立するキリスト教世界などの現在の状況を固定的に考え勝ちであるが、本書を読み、長いスパンでみるとこの状況は必然的に変化するとの印象を強くした。


「物質は何からできているか」 を読む

2023-10-14 10:04:26 | 

著者:ハリー・クリフ
訳者:熊谷玲美
発行:柏書房 2023
原書名:How to Make  an Apple Pie from Scratch

 物質が何からできているかを、原子から始めてどんどん細かくその構成物質をたどっていく話。電子の発見、陽子の発見、中性子の発見、それらが核融合反応で元素を形成していくことが、発見者のストーリーを交え詳しく語られている。恒星内の核融合反応では鉄までしか生成できないということは他の書でも書かれているが、酸素、炭素、窒素などの生成過程が詳細に書かれているのをはじめてみた。話は、さらにクォーク、ニュートリノ、ヒッグス粒子など素粒子の標準モデルの話が分かりやすく展開され興味が尽きない。クォークの色というのは、強い力の作用にかかわるもので、電磁気力では+と‐しかないが、強い力では3種類(赤、緑、青)あり、それぞれの作用の説明にはなんだか少しわかったような気になった。
 著者はCERNのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)でLHCbでの実験に携わる研究者で、LHCの話が全編を通じて語られている。加速器をどんどん大型にすることは、構成物資をさらにその構成物質が何かを求めていく要素還元主義に基づいているが、要素還元主義パラダイムは間違いであるという物理学者の話が出てくる。短い距離で起こっていることは、長い距離で起こっていることにとって重要でないというのである。「ニュートンは惑星の動きを解明するために、クォークについて知っている必要はなかった。」というある物理学者の言葉でそれが説明されていた。それでは、物質が何でできているのかをどう説明して行けばよいのか、還元主義に代わるパラダイムはどのようなものなのか、の話があればなおよかった。
 そのほか、本書には、ガモフらによるビッグバン理論、湯川博士の中間子、スーパーカミオカンデ、ヒッグス粒子発見、重力波検出など様々な話が理解しやすく(あるいは理解したと錯覚しやすく)語られており、大変面白かった。


「宇宙を解く唯一の科学 熱力学」 を読む

2023-02-03 10:00:37 | 

著者:ポール・セン
訳者:水谷淳
発行:河出書房新社 2021 
原書名:Einstein's Fridge, 2021

 熱力学なんてあまり面白くないなと思って手にとってみたが、読み始めてみると、なんとこの上なく面白かった。18世紀初頭からの熱力学の発展を説き始め(もっともその頃は熱力学という言葉はなかった)、最後はブラックホールが蒸発するというホーキング放射の話や、この世の実体は2次元であり我々が認識している3次元世界はホログラフィック原理で生み出された幻影にすぎない、というホログラフィック宇宙論の話まで書かれている。ホログラフィック宇宙論は名前は聞いたことがあり、馬鹿気た話だと思っていたが、いちおうの説明がなされており、そういうことなのかと、わからないながらも少し意味を理解したように感じた。
 本書のそこかしこに、氷河がなぜ動くのかなど、なるほどと思う話が書かれていて大変面白かった。


「時間は存在しない」 を読む

2022-11-14 17:29:15 | 

著者:カルロ・ロヴェッリ
訳者:冨永星
発行:NHK出版 2019 
原書名:L'ordine del tempo, 2017

 当然のように存在すると思っている「時間」が普通に考えられているようなかたちでは「存在しない」ことを丁寧に説明する衝撃的な本。アインシュタインの相対性理論により、統一的な時間は存在しないことは広く知られているが、著者によると「わたしたちが経験する時間に似たものはほぼないといえる。『時間』という特別な変数はなく、過去と未来に差はなく、時空もない。」そうだ。「この世界が時間のなかを流れるのが見える。」のは、わたしたちがこの世界を近似的に見る、この世界をぼやけた形でしかみえないことに量子の不確かさが加わって生じるらしい。
 相対性理論や量子力学の基本方程式では、過去と未来に差はないが、世界をぼんやりとみることからエントロピーの概念が生じ、そこから時間の感覚が生じるらしい。と言われても狐につままれたような気分であるが、この世界はものではなく、出来事からなる世界であり、「エントロピーの増大が過去と未来の差を生み出し、宇宙の展開を先導し、それによって過去の痕跡、残滓、記憶の存在が決まる」。この「記憶によってまとめられたこの世界の眺めがある」から「わたしたちが時間の『流れ』と呼ぶものが生まれる。」そうだ。
 そうすると、赤ん坊として生まれ、様々な学習や経験をして、やがて老いて死んでいく人間の一生とはなんなのか、、そもそも人間とは何なのかなどなど、普段あまり考えることもないが、本書を読んだことで、何かの拍子にそんな状況になったときに、新しい視点を与えてもらったような気がする
 著者は、「超ひも理論」と並んで量子論と重力理論を統合した「量子重力理論」の有力候補である「ループ量子重力理論」を主導する一人であるとのことである。超ひも理論については、啓蒙書でもお目にかかることはあるが、ループ量子重力理論についてやさしく解説した本があれば読みたくなってきた。