♦️960『自然と人間の歴史・世界篇』既得権益と観念(ケインズの経済思想)

2021-03-03 19:44:37 | Weblog
960『自然と人間の歴史・世界篇』既得権益と観念(ケインズの経済思想)

 親しみ慣れた教条(ドグマ)でも、今日も使えるかどうかはわからない。ケインズの経済思想というのは、よく知られているように資本主義内の改善なり改革であって、いわんや今日でいう「社会民主主義」でもない。しかしながら、当時の経済学の常識を理論でもって覆したということでは現在に繋がる一大潮流をつくった。
 その意味合い限りでは、資本主義の経済法則を働く者の立場から解き明かしたマルクスの仕事に優るとも劣らない、人類史的意義を持っているのではないだろうか。
 
 1936年に世にとうた著書において、彼はこんな話を載せている。

 「これらの観念の実現は架空的な希望であろうか。かれらは果たして政治的社会の発展を支配する諸動機のうちに不十分な根底しかもたないものであろうか。それらによった阻害される利益は、それらによって増進される利益よりも強く明白なものであろうか。
 私はここではその解答を企てない。それらの観念を漸次(ぜんじ)具現してゆくための実際的な方策をその輪郭において示すことでさえ、本書とは別個の性質のいま一冊の著書を必要とするであろう。
 しかし、もし観念にして正しいならばーこのことは著書自身がその叙述を必然的にそのうえに築かなければならない仮説であるー、その効能を長期にわたって論議することは間違っている、と私は予言しておく。


 現在人々はいっそう根本的な診断を切に待望しているのであって、それを受け入れようとする心構えはとくに強く、仮にそれがもっともらしいと思われる程度のものであっても、しきりにそれを徹底的に試してみようと願っている。

 しかし、このような現在の気運は問わないとしても、経済学者および政治哲学者の観念は、それらが正しい場合にもまた間違っている場合にもともに、一般に理解されているよりははるかに有力である。事実世界を支配するものはそれらのほかにはほとんどないのである。


 如何なる知的影響からもまったく解放されていると自ら信じている実際家たちも、すでに亡くなったある経済学者の奴隷であるのが常である。空中に声を聴く権威をもった狂人たちも、2、3年前のある学究的乱筆家から、彼等の気ちがいじみた考えを抽出しつつある。


 私は、既得権益の力は観念の漸次的な侵略に比べて著しく誇張されていると確信する。もちろん、観念の侵略はただちにではなく、若干の期間の後において、行われるであろう。なぜなれば、経済および政治哲学の分野においては、25ないし30歳以後において新しい理論によって影響される者は多くなく、したがって官吏にしても政治家にしてもまた煽動家でさえも日々の出来事に対して適用する観念は最新のものではないように見えるからである。


 しかし、おそかれ早かれ、よかれ悪しかれ危険となるものは、既得権益ではなくて観念である。」(ジョン・メイナード・ケインズ著、塩野屋九十九(しおのやつくも)「雇用・利子および貨幣の理論」の第6編「一般理論の示唆に関する若干の覚書」東洋経済新報社、1941)

 この最後の下りの、「よかれ悪しかれ危険となるものは」とは、「究極的な影響を与えつづけるのは」と、「既得権益ではなくて観念である」も「既読権益ではなく、思想である」と別に翻訳されていることからもわかるように、ケインズとすれば誠に「のるかそるか」の理想主義の意気込みで述べたのだと察せられよう。



(続く)

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♦️954『自然と人間の歴史・世界篇』市場はインフレ警戒、FRBは「物価情報には時間」(2021.2のアメリカ)

2021-03-01 16:49:54 | Weblog
954『自然と人間の歴史・世界篇』市場はインフレ警戒、FRBは「物価情報には時間」(2021.2のアメリカ)

 まずは、2021年2月25日(米国東部時間)の債券市場と株式市場を概観しよう。米債券市場での10年物国債利回りは、一時1.61%に急上昇した。前日より0.23%高く、1年ぶりの高水準となる。
 株式相場も大きく下落した。ダウ工業株30種平均は、前日比で560ドル(1.8%)下げての3万1402ドルで終えた。アップルは3.5%安、マイクロソフトは2.4%安となるなどIT(情報技術)株のほか、電気自動車のテスラ(8.1%安)も売られた。英独仏など欧州市場では米金利上昇を受けて、引けにかけて主要株価指数が軒並み下げた。
 ハイテク株の多いナスダック指数も、前日比で3.5%下落した。下落率は、それまでの最大であった2020年10月28日での3.7%以来、4カ月ぶりの大きさであった。これは、金利急上昇を受け、20年に大きく買われた高PER(株価収益率)の銘柄を中心に下げた形だ。

 明くる26日のニューヨーク債券市場で長期価格は、3日ぶりに反発したという。長期金利の指標である表面利率1.125%の10年物国債の利回りは、前日比0.11%低い1.41%で終えたという。前述のように同価格は25日に急落し、利回りは昨年2月以来の高水準である1.61%まで上昇したのが、その翌日のこの日には短期的な戻りを期待した買いや、利益確定目的の買い戻しが入った模様だ。


 こうした市況の変化の背景には、何があるのだろうか。2月下旬には、アメリカにおける新型コロナの感染状況がやや改善し、ワクチン接種も進み、全米でレストランなどでの営業規制が次々と緩和されている。また、ハイデン政権による大規模対策の成立期待も膨らむ中、消費拡大でインフレ期待の高まりと財源を賄うための国債増発(供給過剰)で国債需給が悪化することでの金利上昇が表れている。
 このため、市場はそれまでの緩い金融環境がこのままでは続かなくなるのではないかと警戒モードに成り代わり、波紋が国内外に及んでいる。
 そうはいっても、これから数年の間は、新型コロナに打ち克ち経済を回復できるための追加の財政支出への期待もあろう。ちなみに、民主党左派に影響力があるとされるMMT(現代貨幣理論)によれば、政府以外の部門は通貨の利用者であり、政府だけが経済にバランスを取り戻すために支出増に伴う債務返済に充てる支出(貨幣)を増やせるという。これは、物価が安定している限り、自国通貨建て政府債務のデフォルトは起きないという立場ながら、そのことでインフレを加速させる危険もありえよう。
 そうした傾向の顕在化に対しては、歳出削減、大衆増税といった伝統手法に一意的に頼るのではなく、資産や所得の不平等をただすために税制を活用するなど、インフレ圧力がどこからきているかを見極めた上で適切な必適切な措置をとればよい。インフレ抑制のために増税を使うのは最後の手段と心得るべきだという(「日本経済新聞」2020年11月20日付けのインタビュー記事、ケルトン「米の次期政策、MMTに合致」などから)。

 この理論の提唱者はまた、「MMTは、中央銀行が政府の財政をファイナンスすることだと誤解している人がいるようだ。だが、MMTは財政面の対応で、中央銀行が国債を買うことではない。MMTの考え方は、中央銀行が量的緩和を進める前からある」(同)と述べてあるので、これは、いわゆる中央銀行引き受けの国債発行を避けるという話であって、いわゆる「ヘリコプターマネー」すなわち「中央銀行引き受けでの国債発行」には否定的なようである。
 
 ここから窺えるのは、従来の財政規律重視の保守路線からは抜け出した方がよいという訳だ。だが、これに至る文脈において現実として特段に難しいのは、国債増発と消費拡大の両面が、金利が上昇気運になり始めている中、本当にインフレをコントロールできるのかという問題なのであろう。

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 それでは、「通貨の番人」たるFRB(米連邦準備理事会)のスタンス(基本姿勢)は、どうなっているだろうか。
 2020年3月15日、FRBは、緊急のFOMC(米連邦公開市場委員会)を開いて、1.0%の大幅利下げを決めた。これにより、政策金利は0~0.25%となり、2008年の金融危機以来のゼロ金利政策を敷いた。その時にいわく、「雇用最大化と物価安定が達成されるまで資産購入を続ける。それが強力なメッセージだ」(パウエル議長)とした。
 それからは、米国債などを大量に購入する量的緩和政策も復活させていく。金融政策を政府に全面協力的に危機対応モードに切り替え、新型コロナウイルスによる経済の混乱を最小限に抑える狙いだからに他なるまい。
 それから約10か月経っての2021年1月27日のFOMCは、雇用とインフレの目標に向けての声明を出した。その中で、「一段と顕著な進展」が見られるまで月間ベースで米国債800億ドルと、MBS(住宅ローン担保証券)400億ドルの購入を継続するとの姿勢を堅持した。

 参考までに、アメリカでは、たとえばこんな説明がなされている。

「THE FEDERAL RESERVE HOLDS MORE TREASURY NOTES AND BONDS THAN EVER BEFORE
The U.S. Federal Reserve has significantly ramped up its holdings of Treasury securities as part of a broader effort to counteract the economic impact of the coronavirus (COVID-19) pandemic. In fact, measured in dollars, the Federal Reserve currently holds more Treasury notes and bonds than ever before in its history.
Beginning in mid-March 2020, the Federal Reserve initiated an aggressive policy of quantitative easing — which involves the purchase of government securities, corporate bonds, and other financial instruments — with the aim of keeping interest rates low and injecting cash into the economy.
As of January 13, 2021, the Federal Reserve has a portfolio totaling $7.3 trillion in assets, an increase of about $2.7 trillion from the $4.7 trillion total on March 18, 2020. Longer-term Treasury notes and bonds (excluding inflation-indexed securities) comprise about two-thirds of that expansion, with holdings of those two types of securities increasing from $2.2 trillion on March 18, 2020, to 4.0 trillion on January 13, 2021 — an increase of 87 percent.」(JANUARY 27, 2021ピーターソン政治経済研究所)


 あわせて、パウエル議長は、コロナ禍収束に向けての、現時点まで続く大規模緩和金融政策からの出口を議論することについては、「今はその時期ではない」とした。現状では、緩和修正を匂わせる発言をするのは時期尚早であり、固く封印しているようである。
 それというのも、2013年には、当時のバーナンキ議長が量的緩和からの出口論議に絡み、同措置の縮小(いわゆる「テーパリング問題(出口対応)」)を示唆した、ところが、その発言を受けて市場が反応し、金利は急上昇、株価は急落した。本人はその時のために地ならしのはずであったものが、実体経済の回復基調に冷や水を浴びせる形になった。
 いうなれば、MMTに先行して経済論議の前面に現れたFTPL(「シムズ理論」とも、(注))にしても、それより包括的なとみられるMMTの考え方にしても、財政政策による効果を系統的に選り分けるツール(政策手段)はまだ持ち合わせていないようであり、内外の複雑な要因が国内に反映して絡み合う現代経済を理解するには、一筋縄ではゆかない。FRBの軽はずみな一言が、市場の混乱に拍車をかけた「テーパー・タントラム」が苦い経験として残っているようだ。

(注)金融政策の単独のみではインフレ率の長期的変化をコントロールできないとする物価水準の財政理論。とりわけ、金利がゼロ付近にまで低下すると、量的緩和政策は効果を上げられなくなる、またマイナス金利を深掘りすると金融機関のバランスシート(貸借対照表)の内容が悪化をきたすため、今後は減税も含めた財政の拡大こそが必要だと提言を行う。

(続く)

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