埼玉新聞で連載されてる
「よりい民話紀行」
前回
商工会キャラクター「乙姫ちゃん」の誕生のきっかけとなった『賽取左衛門』のお話。
今回は
今市地区にある「高蔵寺」近くの地蔵堂に祀られてる地蔵様『いぼ取り地蔵』のお話。
約800年前
源頼朝の妻、北条政子は行基菩薩の作といわれる6体の小さな地蔵尊を本尊とし、いつも持ち歩いていました。
ある年、政子は病気になり、伊香保の温泉に湯治に出かけ温泉で病気が治り、近くのお稲荷さんにお礼参りをしていました。
その時ふと思いついたのが「自分のおでこにある大きなイボを取ってもらいたい」。
それから毎日お参りにいった満願の7日目のこと、大事にしてる6体の地蔵尊の1体が夢に出てきて、お告げをしました。
「帰り道の鎌倉街道沿いの宿場町に桜の大木がある。その木で私と同じ姿の地蔵を彫れば、願いをかなえてやろう」って・・・。
次の朝早く、鎌倉街道に急ぎ今市の宿の白坂の茶店で店の主人に尋ねました。
「のう、主。この宿場に桜の大木はあるか?」。すると主人は「その先の地蔵窪にありますよ!立派な桜の大木が・・・。」と
行って見るとそれは立派な桜の大木が・・・。
「これに間違いない」。
政子は鎌倉から彫り師を呼び地蔵尊を彫らせた。
その地蔵尊の胎内に自分の大事な地蔵尊を納め、地蔵堂を建てそこに祀りました。
すると
政子の大きなイボは跡形も無くなったのです。
それから人々はこの地蔵尊を『いぼ取りの一体地蔵』と呼ぶようになったということです。
今じゃ『子育て地蔵』とも呼ばれたくさんの白いよだれかけが壁に掛けられてるそうです。