しばち と しばち・・・火鉢 と 火箸
ちうくらいの ほどよい しあわせ
江戸っ子だと 火鉢(ひばち)も 火箸(ひばし)も
「しばち」だから、ちょっと聞くと、どっちのことやら分からない。
「あたるほうかい、さすほうかい」となる。
暖を取るのに あたるのが火鉢、その灰に つっさすのが 火箸。
どちらにしろ、生活の場面で みかけなくなって久しい。
一人で ぼんやりしているとき、
あるいは二人でいても 言葉を さがしているとき、
火箸で 灰をいじっているうちに、
部屋の 空気が やわらかく 和んでくる。
「火箸にて やぼめ やぼめと 書いて 見せ」
部屋の二人。話が途切れて 互いに 火を見つめ合う。
言葉を失って 灰をいじる。
「ぇえ、野暮なひとだ、じれったい!」
ゆっくりと、時が ながれている。
所在なげな うつろいを 火箸が とりもってくれる。
杉浦日向子 隠居の日向ぼっこ
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