くるりぴょん、くるりこぴょん

忘れっぽいわたしのための記録。何年か先に、振り返ることのできる思い出を貯めるために。

老いの才覚

2015-09-21 19:28:45 | 日記
マイケルのお父さんが、5年ほど前に読んだという、本を貸してくれた。曽野綾子さんの「老いの才覚」。
3日かけて読んだ。最初の一行が、高齢であることは資格でも功績でもないとある。その通りだとは思うけれど…。

わたしの母は、ここに書いてある才覚のない老人にまさしく当てはまっており。

曽野綾子さんが目指すように生き、自分に始末をつけられたら素晴らしいけれど、わたしも母のようや実際にはじたばたとみっともなく老いていくような気がする。
①「自立」と「自律」の力②死ぬまで働く力
③夫婦・子供と付き合う力
④お金に困らない力
⑤孤独と付き合い、人生を面白がる力
⑥老い、病気、死と馴れ親しむ力
⑦神さまの視点を持つ力


アデマール・デ・パロス 「神われらと共に(浜辺の足跡)」

2015-09-21 19:13:15 | 日記
夢をみた、クリスマスの夜。
浜辺を歩いていた、主と並んで。
砂の上に二人の足が、二人の足跡を残していった。
私のそれと、主のそれと。

ふと思った、夢のなかでのことだ。
この一足一足は、私の生涯の一日一日を示していると。

立ち止まって後ろを振り返った。
足跡はずっと遠く見えなくなるところまで続いている。

ところが、一つのことに気づいた。
ところどころ、二人の足跡ではなく、一人の足跡しかないのに。

わたしの生涯が走馬灯のように思い出された。

なんという驚き、一人の足跡しかないところは、
生涯でいちばん暗かった日とぴったり合う。

苦悶の日、
悪を望んだ日、
利己主義の日、
試練の日、
やりきれない日、
自分にやりきれなくなった日。

そこで、主のほうに向き直って、
あえて文句を言った。

「あなたは 日々私たちと共にいると約束されたではありませんか。
なぜ約束を守ってくださらなかったのか。
どうして、人生の危機にあった私を一人で放っておかれたのか、
まさにあなたの存在が必要だった時に」

ところが主は私に答えて言われた。

「友よ 砂の上に一人の足跡しか見えない日、
それは私がきみをおぶって歩いた日なのだよ」

曽野綾子 「老いの才覚」より

2015-09-21 19:01:42 | 日記
『一生の間に、ともかく雨露を凌ぐ家に住んで、毎日食べるものがあった、という生活をできたのなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さから守られ、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日、おいしい食事をとり、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。
もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、そうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だった、と言えます。』

草刈り

2015-09-21 16:06:57 | 日記
マイケルの妹Mちゃんと、去年畑に植えてもらった桜の木を見に行った帰り、マイケルのお兄さんが何やら作業をしていた。消毒かと思ったら草刈り。本来は官地に当たる部分なのだけれど、この辺りでは隣接する民家が担当するとか。
マキタ製の草刈り機。ちょっとかっこいい。
次回は長靴持参してやらせてもらうことにした。

植えた桜はこんな感じ。思っていたより大きくなってなかった。

今年の春はこんな感じ。