南の島で幼稚園の先生になろう!

帰国しました。日本で元気に職場復帰しています。

解放記念日

2006年09月12日 | ミクロネシアのおじいちゃん
開放記念日
(9月11日は、第二次世界大戦終了後、日本が撤退した日本からの解放記念日です。)
(ミクロネシアは4州がそれぞれ異なった休日があります)

日本からの開放記念日なんて言われると日本人としてはちょっと緊張しますが、本当に普通の祝日でしたし、戦争経験者であるおじいさんでさえ「今日はなんで休みなの?」とおっしゃるくらいなので、本当に今はただの休日になっています。

おじいさんは、前にこんな話をしてくれました
おじいさんが「昔日露戦争のときに使った大砲を日本からポンペイに運んできたことがあったんだ。それを高い山まであげるために、大砲の下に丸太を並べて転がしたり、紐をテコの原理でひっぱたりしたんだよと。

僕はそんな時、日本人だけでそんな大変なことをしたんですか?日本人はポンペイの人にも手伝わせたりしなかったですか?と聞きました。
するとおじいさんは「日本人だけでしていたよ」「その大砲を使ったのは、戦争が終わりかけのときに始めて使ったよ」と。

毎日いろいろなお話を聞くのは難しいですが、おじいさんと二人きりの生活ならではの学びをたくさんしたいですし、このブログでもそんな貴重な体験を書いていきたいと思います。

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今日は見守る保育

2006年09月12日 | ミクロネシアの幼稚園

今日は、経験があり年長者のジュディーが歯医者さんにいくのでお休みとの連絡があった。
3連休明けで子どもたちは少し落ち着きがないのではないだろうかと心配していたが、とても和やかな雰囲気で教室に入ってくる。

それは子どもたちにいい意味での久しぶりの緊張感があった上に、ジュディーがいないせいもあるのか、メインティーチャーのシニータがリラックスして子どもに望んでいたことが大きかったように思います。

どこの国でもやはり教師の心の持ち方が子どもにとって何にもまして大切なものだと実感しました。

自由遊びの前に急にシニータが黒板を使って、子ども123を書かせようとしました。
「私書ける」言って利発なメリアンが書きましたが多くの子どもがなにのことやら分かっていません。
そこで丁度好きな遊びになったので、シニータに「これはとても難しいので、まず説明が必要だと思うよ」と話すと「次のときは紙を用意してするから」という返事。「じゃあ紙に書かせる前に、どんな風に書くかを子どもたちに説明してね」とお願いしてみました。

ちゃんと最初に「こうして123って書くのよ」とみんなに説明してくれましたが、それを説明するとすぐにみんなに書かせ始めたのでほとんどの子どもがわからず、迷宮の世界に入ってしまいました。

人の教え方を「ああしたほうがいい」というのは簡単なので、とりあえずがんばって個別にサポート。123の意味が全くわかっていないので、見本を見せても真似をすることが難しい。

「なぜ今日は1だけさっと線引くようにして教えてくれないの?」って、正直思ってしまいましたが、あまり言い過ぎると、よくないので、今日は黙っておくことに。

心配なのは単に分からないではなく、こういうことを続けていくと子どもたちのやる気が失われていくのが目に見えて分かるからです。

教育とは、子どもの良さを見つけ伸ばしていく。子どもにはみんなよさがあり、時にはそれに気づいていない子もいる。教師は子どもに「それがいいことだよ」「君にはこんないいところがあるんだよ」と伝えることができれば十分だと思う。

そのためには、褒めること。正確に言うと認めること。
褒めるとはなんでもかんでも褒めるって感じがしますが、認めるとは、子どもが「僕はがんばった」と感じたことに対して「それでいいよ、そうだよ、それががんばったってことだよ」と伝えることだと思います。

褒めて(認めて)子どもを育てることは、叱って子供を育てることより10倍大変だが、子どもはそれ以上に学ぶ意欲を高めることができる。

教育とは文字や数字を教えることはあくまで手段であって、大事なことはもっと学びたいもっと知りたい、もっと友達と一緒に遊んで学びたいという気持ち、つまり意欲を高めることだと思っています。

ちょっと話が理想主義になってしまいましたが。

あと、やはり必要なのは、子ども一人ひとりを教えながら、全員が理解することを取り入れること。一人ひとりに「これはどうだった?」と24名に数字や曜日を確かめるために、ほとんどの子どもが待ち時間になってしまっていますし、友達のを見て感じる、学ぶということを先生は意識していないので、そういう流れにはなりません。

一人ひとりは大切にしていかなくてはなりませんが、保育や授業の中で1対1だけの関係では集団教育としては、難しいです。

でも今はちょっと待ちます。
今日はシニータが僕の体育の授業があったこともあってか、それか金曜日にシニータに「明日のことどうする」とジュディーの前で聞いたときにジュディーが「それはシニータが考えるわ」と言ったので、ちょっとまずい雰囲気だったことを感じました。

しばらくアドバイスをシニータは求めないのかもしれませんが、ちょっと様子を見ながら焦らずにじっくり行きたいと思います。
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必ず喜びが待っている

2006年09月12日 | 駒ヶ根訓練所
必ず喜びが待っている。

これは正確に言うと、悲しいことや辛いことがあっても、その日の間に必ずと言って良いほど、その後にそれを打ち消してくれるくらいのうれしいことや楽しいことがポンペイにあるという意味です。

これは、先輩隊員の方もポンペイの良さはそこにあるとおっしゃっていました。
それはどこに国でも同じかもしれませんが、それくらいたくさんの幸せが感じられる国だと思います。

今日も自分自身はメインになって保育をする機会がなくて少しさびしかったですが、PEをしたり、小学校の先生が部屋に入ってきてくれて話を少しだけしたりと楽しいことが必ずといって良いほどあります。

今日はPE PHYGICAL EDUCATION のスタート。
このポンペイには体育は日常的にはありません。科目は算数・国語・理科・社会だけです。
しかし、やはり日本人が来ているのですからほかの楽しさも広げたいと体育をすることになりました。もちろん子どもからのリクエストでもありますが。

メインは先輩(だけど僕より年下です)の小学校隊員ですが、僕もサブ?として一緒に子どもたちに教えます。

今日は7年生が対象で、野球をすることになっていました。
しかし時間になってもなかなか前の授業が終わりません。

校庭で素振りをして子どもたちに「おいもう授業終わってもらえよ」とサインを送ると、
先生が気づいて終わってくれました。

キャッチボールをしてから男女に分かれて試合をしました。
女の子だけでも十分に打てるし、守れます。

ポンペイの子どもたちの身体能力はやはりかなり高いです。
特に女子の野球は普段していることもあり、かなり上手です。

十分に時間がなかったのが残念ですが、英語の通じる学年(7年生は日本で言うと中学一年生です)とのふれあいも楽しいです。
まだ8年生の時間などは正確に決まっていませんが、今日の7年生の姿を見て「8年生もしたい」という雰囲気になってくれればと思っています。

一人ですることも楽しい活動ですが、2人―3人と同じ仲間が集まって子どもに向かい合う活動も楽しいですし、これからも大切にしていきたいと思います。
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必ず喜びが待っている

2006年09月12日 | ミクロネシアの小学校
必ず喜びが待っている。

これは正確に言うと、悲しいことや辛いことがあっても、その日の間に必ずと言って良いほど、その後にそれを打ち消してくれるくらいのうれしいことや楽しいことがポンペイにあるという意味です。

これは、先輩隊員の方もポンペイの良さはそこにあるとおっしゃっていました。
それはどこに国でも同じかもしれませんが、それくらいたくさんの幸せが感じられる国だと思います。

今日も自分自身はメインになって保育をする機会がなくて少しさびしかったですが、PEをしたり、小学校の先生が部屋に入ってきてくれて話を少しだけしたりと楽しいことが必ずといって良いほどあります。

今日はPE PHYGICAL EDUCATION のスタート。
このポンペイには体育は日常的にはありません。科目は算数・国語・理科・社会だけです。
しかし、やはり日本人が来ているのですからほかの楽しさも広げたいと体育をすることになりました。もちろん子どもからのリクエストでもありますが。

メインは先輩(だけど僕より年下です)の小学校隊員ですが、僕もサブ?として一緒に子どもたちに教えます。

今日は7年生が対象で、野球をすることになっていました。
しかし時間になってもなかなか前の授業が終わりません。

校庭で素振りをして子どもたちに「おいもう授業終わってもらえよ」とサインを送ると、
先生が気づいて終わってくれました。

キャッチボールをしてから男女に分かれて試合をしました。
女の子だけでも十分に打てるし、守れます。

ポンペイの子どもたちの身体能力はやはりかなり高いです。
特に女子の野球は普段していることもあり、かなり上手です。

十分に時間がなかったのが残念ですが、英語の通じる学年(7年生は日本で言うと中学一年生です)とのふれあいも楽しいです。
まだ8年生の時間などは正確に決まっていませんが、今日の7年生の姿を見て「8年生もしたい」という雰囲気になってくれればと思っています。

一人ですることも楽しい活動ですが、2人―3人と同じ仲間が集まって子どもに向かい合う活動も楽しいですし、これからも大切にしていきたいと思います。
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お祖父さんへの肩もみ

2006年09月12日 | ミクロネシアのおじいちゃん
今日は二人でゆっくりと食事をしました。
夕食はマグロのお刺身・茹でたジャガイモ・魚を揚げて、ガーリックとタルタルソースをまぜた特性のソース・サラダ。
それは、僕のお祖父さんのお孫さんがこの島で一番のリゾートホテルのチーフコックをしているからです。

もちろん、お孫さんはたまに作られるだけですし、こんな夕食は珍しいですが、きっと僕は今ポンペイで暮らす仲間の中で最もおいしいご飯を食べていることは間違いないで」とす。
なんせお祖父さんのためにみんなが料理を作っていますので。
(僕はお祖父さんのおこぼれをちょうだいしています)

今日は食事の後、お祖父さんが肩や首を動かしておられたので、肩を揉ませてもらいました。お祖父さんは「ありがとう」といいながら「こうして日本人の先生が毎日生徒に肩を揉ませていたなあ」と懐かしそうに振り返られました。

また「毎朝号令をかけて「前に進め」っていって2列なって行進するんだ」「こうして体操もしたよ」と立って動きながら教えてくださいました。

他にも「巡査さんがそれぞれの村にいたよ」「ネッチは前はナット村という名前だったんだ」などなど。

週末家を不在にしていたので、久しぶりに話ができ、こうして互いのことを思いやりながら生活が送れればと思いました。

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日本人との楽しさとホームステイの狭間で

2006年09月12日 | ミクロネシアの生活
ポンペイの仲間の多くは、コロニアというメインの町で一人暮らしをしています。
でも僕のような田舎(村暮らし)の人は、今はホームステイをしています。

理由は、地域で働くには地域に住んでいることが重要であり、また職場から近いこともあげられます。

もちろん、現地の人から多く事を学ぶ大切な機会です。

そして土日は、ほとんどの人がコロニアで集まって遊んだり話をしたりしています。

月曜日から金曜日は、学校で働いているか、家にいて家族と過ごすかがほとんどです。
ですので、こうして日本人同士で話をして、ホームステイでは、リラックス仕切れない緊張をほぐします。
他の仲間は、かなり自由に土曜日日曜日を過ごしますが、僕の家庭では少し異なります。

お祖父さんと二人なので、お祖父さんを一人にして(別の家にはお孫さん家族がいたり、土日は他の家族が遊びに来るのですが)出ることに気が引けたり、教会の助祭さんなので、
何も強制はされていませんが、日曜日の教会には出るのが望ましいと思い、コロニアに泊まっても日曜の礼拝には家に出来るだけ帰るようにしています。

正直、土日をコロニアで過ごすことはとても楽しいです。
同じ目的を持った仲間ですし、仕事や職場は違っても互いの大変さを分かりあうことも出来ます。

もちろん海外に来たのですから、日本人同士ばかりで集まってしまうことは望ましいことではありません。

土曜日日曜日に家族とこれと言って何をすると言うことはないので、それならば仲間と一緒に話をしたり遊んだりしたいと思ってしまいます。

しかし、そればかりしていると家族との絆が深まりにくいと思いますし、
この週末も金曜日は家に帰って仕事をしたものの、家族とご飯を共にしなかったので、お孫さんに「4日間会わなかったから、一週間会わなかったような感じだね」と言われました。これは、家族として思いを持ってくれているという嬉しいことなのですが、私の中では「やはりあまり土日に家にいないのは好ましくないなあ」と思っています。

家族も大事にする、そして仲間との時間も有効に使いながら、両立した?土日の過ごし方を考えたいと思います。
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ナラップでの休日

2006年09月12日 | ミクロネシアの生活
9月9-11日はポンペイでは3連休でした。
11日は、ポンペイが日本から解放された事を記念してお休みです。
9日―10日を使って7月に行ったナラップ島に再び行きました。
目的は、ポンペイにアメリカから来ているワールドティーチというピースコとは異なり、教育にターゲットを絞り開発途上国に来ているボランティ活動があるのですが、そのボランティアのアメリカ人との親睦を図るためです。本当はポンペイで一番多くいるピースコ(アメリカの青年海外協力隊のようなもの)とも一緒にしたかったのですが、都合がつかず断念。

ナラップ島の人に1時に迎えに来てもらうように約束していましたが来たのはなんと2時30分過ぎです。ずっとスーパーでウクレレを弾いて、仲間と一緒に歌っていました。

何故か1時間半も待たされたのに腹も立たないのは、ポンペイに慣れたお陰でしょうか?

ナラップは最高に晴れていました。

夕焼けが最高。
本当は、みんなで夕焼けを見ながら海に浸かるという最高の贅沢をしました。
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