見晴台学園トピックス

 1990年、学習障害や発達障害の中学生・高校生が学ぶ全国にも珍しい父母立の学園です。

学園親のハナシ19

2015年10月19日 | 父母の声

 小・中学校時代を地元の学校の支援学級で過ごした娘。

6歳まで発語がなかったため、思ったことを言葉で伝えられず
お友だちに手を出してしまったり、
耳から入る情報だけでは理解できないことが多いことから、
いつも叱られ、注意されることに怯えていました。

 そんな娘も、体を動かすことと音に合わせて踊ることは大好きだったので、
スイミングとピアノにチャレンジさせてみたところ、
中学1年で校内合唱コンクールのピアノ伴奏をさせてもらうチャンスが回って来ました。

2か月間必死で練習して、本番で間違えなかったので、
娘のクラスの合唱を聴いた父母の方々からたくさんのお褒めの言葉をいただいた時は、
とても嬉しそうでした。

でも、翌年以降、娘のクラスの伴奏は従来どおり音楽の先生が担当される形に戻り・・・。

この時から私は、ありのままの娘らしく過ごせる場所はどこにあるのだろう・・・とずっと考えていました。 

 

そんな中で、娘をよく知る方から見晴台学園の存在を教えていただき、
娘のレベルでは難しいかなぁと思いながらも体験入学にチャレンジさせてもらったところ、
体験期間が終わる前に、娘の口から「私は見晴台学園に行きたい。」という言葉が返ってきました。

なぜ行きたいのかと理由を問うと、「先生が怒らないから。」と・・・。

その時、娘に必要なのは、怒られるかもしれないという不安がない場所なんだなぁと痛感し、娘の受験を決意しました。

 

学園に入学してからの娘は、本当に伸び伸びとして、心だけでなく体も大きく成長しました^_^;。

まつりの実行委員やキャンプの役割分担にも積極的に手を挙げて、様々なことに取り組んでいます。

まだまだ自分で考えて動くことは難しいけれど、先生方は子ども達が考えるまで待ってくださり、
また、考えたことを決して否定することなく、完成へ導いてくださるので、
終わったあとの充足感も得られ、それが次へのステップになっているなぁと感じます。

 

 また、先輩達から受ける影響も相当なもので、
自閉症特有のこだわりから決まったルートを通らないと落ち着かないはずだった娘が、
電車好きな先輩達の会話を聞いて面白そうと思ったのか、
登下校のルートを今日はJR、明日は近鉄等々あらゆる交通機関を利用して通うようになりました。

そして、いくら教えても出来なかったお金の学習も、
登下校ルートにあるお店で買い物するうちに、いつの間にかひとりで出来るようになっていました。

人間は、何か達成感を得る経験をすると、
こんなにも色々なことにチャレンジしようという力が湧いてくるんだなぁと近頃の娘を見ていて思います。

 

さて、学園に入学してから1年半が経ちました。

特別支援学校に進学していたなら、そろそろ卒業後の進路を決めなくてはいけない時期ですが、
見晴台学園は本科のあとに2年間の専攻科を経て卒業となるので、
娘はあと3年半学生生活を送ることができます。

元々歩みがゆっくりの娘に対し、
親の私が先に先に考えて行動してしまう傾向にあるので、
学園の5年間は、私にその方針を改めるように与えられた時間でもあるんだなぁと感じています。

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