「ねえ、いい。紗綾(さや)の前では、滑(すべ)るとか、落ちるとか、絶対(ぜったい)言っちゃダメだからね」
ママは家族(かぞく)をキッチンに集めて、ひそひそと話し始めた。「それと、無理(むり)とか、ダメとか、ネガティヴなことも言わないでよ」
「ママ、そこまで気にすることないんじゃないかな」パパは首(くび)をかしげながら言った。
「何を言ってるの? 紗綾の受験(じゅけん)まで、あと二週間よ。今が、一番ぴりぴりしてる時なの」
「でも…」妹(いもうと)が口をはさんだ。「さっき、部屋(へや)で漫画(まんが)読んでたよ」
ママは信じられないという顔をして、「どうしちゃったのかしら? 私、どうしたら…」
その時、紗綾が入って来た。みんなは何事(なにごと)もなかったかのように、素知(そし)らぬふりをする。しかし、明らかにおかしいことは誰(だれ)が見ても分かる。紗綾も不信(ふしん)を抱(いだ)いて、
「何やってるの? こんなとこに集まって」
ママは声をうわずらせて、「あの、ここ、滑るのよねぇ。マットとか敷(し)いたほうが…」
パパと妹は、一瞬(いっしゅん)、息(いき)を呑(の)んだ。ママも気づいて、目が泳(およ)いでいる。紗綾は、
「そうね。私もこの間、滑りそうになっちゃった」
家族の視線(しせん)が紗綾に向けられる。紗綾は気味悪(きみわる)そうに、「何なのよ。変な目で見ないで」
ママはダメ押(お)しのように、「紗綾なら、絶対落ちないから。ママ、信じてる」
紗綾は呆(あき)れて、「余計(よけい)な心配(しんぱい)しないで。やるべきことはやったし、大丈夫(だいじょうぶ)よ」
<つぶやき>受験シーズンです。家族のほうが落ち着かなかったりするのかもしれません。
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