街(まち)をフラフラと歩く男。どこかうつろで生気(せいき)が全く感じられない。人混(ひとご)みを抜(ぬ)けて細い路地(ろじ)に入る。街の喧騒(けんそう)もここまでは届(とど)かない。そこで男は、別の男に声をかけられた。
「どうしたんですか? 死(し)にそうな顔をしてますよ」
男は答える。「俺(おれ)は死に場所(ばしょ)を探してるんだ。事業(じぎょう)に失敗(しっぱい)してな、借金(しゃっきん)だらけさ。女房(にょうぼう)は愛想(あいそ)を尽(つ)かして、子供を連れて出て行っちまった。もう俺には何にもない」
「じゃあ、運命(うんめい)を取り替(か)えませんか? 私は生(なま)ぬるい平凡(へいぼん)な人生(じんせい)より、逆境(ぎゃっきょう)の人生の方が好(この)みなんです。お願いします」
男は、その申出(もうしで)を受けることにした。どうせただの戯言(たわごと)だと思ったのだ。別れ際(ぎわ)、その男は言った。「一つだけ気をつけて下さい。女房には絶対(ぜったい)に逆(さか)らわないこと。これさえ守(まも)れば、あなたは安泰(あんたい)な人生を過ごせますよ」
男は家へ帰ってきた。だが、何か違和感(いわかん)を感じていた。ここが自分の家なのか? アパートのドアを開ける。中には女がいて、お帰りなさいと声をかけた。男は、これが俺の女房だったかな、と首(くび)をひねる。男は洗面所(せんめんじょ)の鏡(かがみ)を覗(のぞ)き込んで、これが俺の顔?
「あなた、何してるの?」と女房に声をかけえられると、男は全てを受け入れた。
数年後、男が街を歩いていると、見憶(みおぼ)えのある顔に出くわした。その顔の人物(じんぶつ)は言った。
「宝(たから)くじが大当(おおあ)たりでね。借金の返済(へんさい)をして、残(のこ)りの金で新しい事業を始めたんだ。これがまた大当たりさ。今は若い女と再婚(さいこん)して、いい人生を送らせてもらってるよ」
<つぶやき>あなたの親(した)しい人、本当にあなたの知っている人ですか? もしかしたら…。
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