妻(つま)は夫(おっと)の前に離婚届(りこんとどけ)を差し出した。目を丸くしている夫。妻は落ち着いた声で、
「別れてください。もう、あなたとは一緒(いっしょ)にいられない」
夫は困惑(こんわく)の表情(ひょうじょう)を浮(う)かべて、「えっ、何で? 何でそういう――」
「あたし、もう限界(げんかい)なの。これ以上(いじょう)あなたといたら、きっと嫌(いや)な女になっちゃうわ」
「だから、どうしてそうなるんだよ。俺(おれ)たち、別に離婚するようなこと…。理由(わけ)を教えてくれよ。俺たち、今までずっと仲良(なかよ)くやってきたじゃないか。そうだろ?」
「そうね」妻は視線(しせん)をそらし、小さなため息(いき)をつく。「あなたは、いい人よ。とっても優(やさ)しいし、あたしのこと大切(たいせつ)に思ってくれてる」
夫はますます分からなくなった。妻がどうして離婚なんて言い出したのか。その理由を必死(ひっし)に考えた。そして、一つの考えが頭(あたま)に浮かんだ。
「まさか、好きな人が他にいるとか…、そういうことか?」
妻は素早(すばや)く反応(はんのう)した。「ばっかじゃないの! あたしが浮気(うわき)するわけないでしょ!」
妻はイライラと頭をかきむしり、「だから…、あたしは、あなたの思ってるような女じゃないの。おしとやかでもないし、面倒(めんど)くさがりのダメダメ女なの。いい加減(かげん)、気づきなさいよ。あなたのこと好きになっちゃって、それで、良い女に見せてただけ!」
夫はホッとした顔をして、「何だ、そんなことか。そんなの、知ってるよ」
<つぶやき>本音(ほんね)で話ができて、やっと一人前の夫婦(ふうふ)になるのかも。無理(むり)しちゃダメだよ。
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