いつからか、娘(むすめ)は父親と一緒(いっしょ)にいることが少なくなった。思春期(ししゅんき)で仕方(しかた)のないことかもしれないが、必要(ひつよう)最低限(さいていげん)のことしか話さない。休みの日も友達(ともだち)と遊(あそ)びに行ったり、自分の部屋で過(す)ごすことが多くなった。
ある日のこと。父親はホワイトボードを買ってきた。それをリビングにかけて、娘へメッセージを書くことにしたのだ。帰りが遅(おそ)くなった時も、かかさず父親は書き続けた。
初めのうち、娘は何の反応(はんのう)もしめさなかった。でも、母親に訊(き)いてみると、ちらっとは見ているようだ。父親は奮起(ふんき)した。少しでも娘が興味(きょうみ)を持つように、いろんな話題(わだい)を取り入れた。時に、親父(おやじ)ギャグで笑(わら)わせようとしたことも――。
何週間かたった頃(ころ)、ホワイトボードの隅(すみ)の方に丸印(まるじるし)がつけられた。間違(まちが)いなく、それは娘からの答(こた)えだった。その夜は、夫婦でささやかな乾杯(かんぱい)をした。でも、陰(かげ)で母親が動いていたことを父親は知らなかった。
それからも、父親は娘にメッセージを書き続けた。ホワイトボードでの会話(かいわ)は、いつしか家族(かぞく)の習慣(しゅうかん)になった。家族での会話も増(ふ)えたが、言いにくいことも時にはある。そんな時は、ホワイトボードの出番(でばん)である。
娘が年ごろになった頃。ホワイトボードに娘からのメッセージが書き込まれた。
〈お父さんへ 今度の日曜日、会ってほしい人がいます〉
<つぶやき>父親にとって、娘は特別(とくべつ)な存在(そんざい)なのかもしれません。邪魔者(じゃまもの)にしないでね。
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