みけの物語カフェ ブログ版

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0723「最強の呪文」

2019-11-22 18:16:56 | ブログ短編

〈ありがとう〉これはまさに最強(さいきょう)の呪文(じゅもん)だ。僕(ぼく)は二人の記念日(きねんび)はもちろん、ことあるごとにこの呪文を使ってきた。会社(かいしゃ)の連中(れんちゅう)と飲み歩いて帰りが遅(おそ)くなった時などは、どれほど助(たす)かったことか――。
 しかし、僕はこの呪文の副作用(ふくさよう)についてまったく気づいていなかった。僕はこの言葉(ことば)を連発(れんぱつ)しすぎていたのだ。いつしか心(こころ)のこもらない、ただの合図(あいず)になっていた。
 育児(いくじ)に奮闘(ふんとう)している妻(つま)が、そのことを見抜(みぬ)けないわけがない。僕の意味(いみ)の無(な)い呪文が、妻のイライラの一端(いったん)になっていたなんて。――どうやら妻の我慢(がまん)は限界(げんかい)に達していたようだ。とうとう噴火(ふんか)して、僕に手厳(てきび)しい、冷(つめ)たいひと言をあびせかけた。
「あなたって、言うだけよね。そんなこと、ぜんぜん思ってないでしょ」
 いま思えば、これが僕たち夫婦(ふうふ)のすれ違(ちが)いの始まりだったのかもしれない。この時は、小さな娘(むすめ)の笑顔(えがお)が救(すく)ってくれて、何とか事なきを得(え)た。
 あれから二十数年。あの時の娘も立派(りっぱ)に成人(せいじん)して、明日は嫁(とつ)いで家を出て行くことに…。これはめでたいことなのだが、明日から、妻と二人だけになってしまう。そのことを考えると、僕は妻とどう接(せっ)すればいいのか…。今はまだいい、仕事(しごと)があるから。でも、定年(ていねん)を迎(むか)えるまでには、何か新(あら)たな呪文を捻(ひね)り出さなければならない。老後(ろうご)の安心(あんしん)ためにも、これは成(な)し遂(と)げなければならない課題(かだい)なのだ。
<つぶやき>熟年離婚(じゅくねんりこん)だけはしたくはありませんよね。二人で共通(きょうつう)の趣味(しゅみ)を見つけましょ。
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